題「ただ、お言葉をください」ルカ7:1-10

 新約聖書の福音書に、主イエスに信仰を賞賛された異邦人が出てくる。当時のユダヤ社会において異邦人は、厳格な正統派のユダヤ人にとっては、地獄の焚き木のような存在として見られていた。しかし、主イエスは、二人の異邦人の信仰に感心されたのである。①カナンの女(マタイ15:21-28)。②百卒長《百人隊長》(マタイ8:5-13,ルカ7:1-10)。

 今朝は、後者の人物に注目したいと思う。 ナホルの村、カペナウムは、ガリラヤ湖北西岸の町である。この町は、イエスのガリラヤ伝道の根拠地とされた。マタイ9:1によると、「自分の町」と記されている。当時、相当な豪華な町で、収税所があり、ガリラヤの役人も住んでいた。 そこに、ヘロデ領主に仕える異邦人の軍人百卒長がいたのだ。

 百卒長は、外国の政府、占領軍に仕える者であり、ユダヤ人たちからは忌み嫌われていた。ところが、彼は、ローマの属国であるユダヤの民衆をいつくしむ心を持ち、ユダヤ人たちから敬愛されていた(ルカ7:4)。そのような百卒長の家の奴隷である僕が病気に罹って死にそうになっていたのだ。

 百卒長は、この僕を頼りにしていたようで、常日頃からいろいろな雑事のために重用していたと思われる。主人は彼のことを大切な存在として認めていたのである。それゆえに僕のためにできる限りのことをしたいと思い行動したのだ。家族のような関係にあったといえよう。

 「この百卒長はイエスのことを聞いて、ユダヤ人の長老たちをイエスのところにつかわし、自分の僕を助けにきてくださるようにと、お願いした」(3節)とある。 すると、長老たちは、イエスのところに来て、熱心にとりなして「あの人はそうしていただくねうちがございます。わたしたちの国民を愛し、わたしたちのために会堂(シナゴグ)を建ててくれたのです」(4,5節)と願った。

 そこでイエスは、長老たちの百卒長に対する尊敬の念に促されて彼のところに出かけられた。ところが、ここで百卒長は、意外な態度を示した。 それは謙遜な姿勢であった。イエスがその家からほど遠くないあたりまで来られた時、百卒長はメッセンジャーを送って主イエスに自分の信仰と思いを伝えた。 「主よ、どうぞ、ご足労くださいませんように、わたしの屋根の下にあなたをお入れする資格は、わたしにはございません。それですから、自分でお迎えにあがるねうちさえないと思っていたのです」(6,7節)。

  自己卑下と謙遜とは、全く別のことである。遜る者は、自らの姿を知って行動する。それゆえ彼は、神の子を自分の家にお入れするような者ではないと言ったのである。卑屈な《へりあがり》は、神の恵みを失い。真摯にへりくだる者は、神の恵みを受ける。

 もう一つは、百卒長は、神の御言への信仰を持っていた。「ただ、お言葉を下さい。そして、わたしの僕をなおしてください。わたしも権威の下に服している者ですが、わたしの下にも兵卒がいまして、ひとりの者に『行け』と言えば行き、ほかの者に『こい』と言えば、してくれるのです」(7,8節)と言った。

  百卒長は、立場上の体験から、軍人としての彼は、「命令」は必ずそのとおりになることを知っていた。そして、主イエスの権威はローマ皇帝よりはるかに高いことを信じていたのだ。 「権威」とは、どういう意味だろうか。それは、「妨げなく成し遂げられること」,「何者にも束縛されずに自由に行動できること」である。旧約聖書でもこのようにも言われている。「わたしは神である。今より後もわたしは主である。わが手から救い出しうる者はない。わたしがおこなえば、だれが、これをとどめることができよう」(イザヤ43:13)と。

 百卒長は、百人の部下に対して権威を持っていたが、人の生き死に関しては、全く無力であることを認めていた。 彼はここで僕を愛する愛によって、神であるイエスに望みを置いて懇願するしかないのである。このように、イエスの権威は、この世の王や権力者の権威ではなく、神の権威なのである。

 主は、今日という日に私たちにも「あなたがたは主を求めよ、そして生きよ」(アモス5:6)と言われる。

 イエスは、百卒長の信仰の言葉を聞いて非常に感心された。そして、群衆に向き直りこう言われた。「あなたがたに言っておくが、これほどの信仰は、イスラエルの中でも見たことがない」(9節)。神の御言を信じる信仰。私たちを生かす信仰は、この信仰なのである。
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