題「御言に同化されて」ルカ8:1-25

 今朝は、神の御言に生かされることの素晴らしさを学びたい。

 まず、8章の内容を確認しておこう。 8:1-3イエスの伝道の同伴者である女たち。ここは、メシヤの巡回伝道記録であろう。12弟子を同伴させる大所帯の巡回であった。それに加えて主イエスに救われた大勢の女たちが財産をもってイエスと弟子たちに奉仕をした。これらは、「神の国の福音」である神の御言の働きによってもたらされた一連の出来事である。

  4-15 節。種蒔きのたとえ話と釈明。神の御言である福音を聞く人には、多種な人間がいる。道ばたのように心の堅い人、かたくなな人、いばらのように、富みや快楽によって信仰の伸びない人などがいる。一方、別の人は、百倍の実を結ぶ。霊的適用は、「良い地に落ちたのは、御言を聞いたのち、これを正しく良い心でしっかりと守り、耐え忍んで実を結ぶに至る人たちのことである」(15節)とあるように、神の御言である福音の力の素晴らしさが語られている。

  16-18節。 あかりの灯を心の中に持った者についてのたとえ話である。人があかりの灯を持ったならば、必ずそれは外に輝き出るに違いない。すなわち、神の御言による福音の喜びが与えられたら、表情の明るさや言葉や態度に表れるものではないだろうか。

  19-21節。 イエスの母と兄弟たちが登場するが、主は、「神の御言を聞いて行う者こそ、わたしの母、わたしの兄弟なのである」(21節)と言われた。血肉の関係ではないことが素晴らしい。聖書を読む時、「信仰の行いを求められる」と少なからず抵抗を感じる場合がある。ある人たちは、「良い行いはできない」と言い訳をする。言うまでもなく、心が空っぽであるならば、そこからは何も良い業は生まれてはこないであろう。 けれども、その空っぽの心に神の御言が入るならばどうであろうか。すなわち、信じて受け入れるということである。クリスチャンの信仰の実行は、まず心の内に御言を聞いて内側に御言を持つことである。

 22-25 節。ガリラヤの海を静められるイエス。ガリラヤ湖は、ペテロたちの職場である。彼らは幾度嵐の体験があったことだろう。主はここで、弟子たちに与えられた1節から21節までの一連の教えの体験学習として湖に導かれた。机上の学びから身体で体験する実地訓練に移されたのである。「湖の向こう岸へ渡ろう」(22節)と言われた。「一同が船出した。渡って行く間に、イエスは眠ってしまわれた。すると突風が湖に吹きおろしてきたので、彼らは水をかぶって危険になった」(22-23節)とある。

  イエスには、すでにご存じのように、これから起こる嵐は大きな問題ではなく、必ず自分たちは向こう岸に渡りきることができることを信じて疑っていなかった。ならば眠気もおそってくるはずである。 しかし、弟子たちは、水をかぶりながらパニック状態に陥ったのだ。「そこで、みそばに寄ってきてイエスを起し、『先生、先生、わたしたちは死にそうです』と言った。そこに主イエスもいるのである。先生のことはそっちのけで自分たちのことだけ心配している弟子たち。ある意味で滑稽に見えるかもしれないが、 そのような彼らの姿を笑えない私たちの不信仰の問題がある。

 しかし、24,25節によると、「イエスは起き上って、風と荒浪とをおしかりになると、止んでなぎになった。イエスは彼らに言われた、『あなたがたの信仰は、どこにあるのか』。彼らは恐れ驚いて互に言い合った。『いったい、このかたはだれだろう。お命じになると、風も水も従うとは』とある。イエスの御言がこの嵐を静めたのである。

 弟子たちは、この度の湖で醜態を演じたことによって、何と自分たちが神の御言を多く聞きながら、それを如何に聞き流し心に留めていなかったのかが痛いほどにわかったのではないだろうか。 他人事ではなく、私たちもこれまで多くの神の言を聞きながらすぐに聞き流してしまったいたことに気づかされる。

 私たちは、なかなか神の御言に同化されていない者である。「同化される」とは、人間の心が神の御言である聖書に深く染められ、自分の考えや生き方そのものまで変えられ神の心と一つになることである。

 ①自分の思いや考えやわがままを捨てて、神の御言をそのまま自分のものとして受け入れる。
 ②日々の御言の養いにより心が昨日より今日、今日より明日と聖化されていくことを求めること。
 ③お互いの人生行路の船長として主イエスを私たちの心の王座に迎えることである。主導権の主への譲渡である。

 御言と聖霊は共に働くと言われている。
 「御霊によって歩きなさい。そうすれば、決して肉の欲を満たすことはない。」
 「もしわたしたちが御霊によって生きるのなら、また御霊によって進もうではないか。」
 (ガラテヤ5:16,25)

 いよいよ神の御言と共に働く聖霊なる神に同化されて御霊によって満たされて生きていこうではないか。
 ハレルヤ。
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