| 来年2027年は、柘植不知人師召天100年目を迎える。柘植師のお働きは、救われた時から数えると僅かに14年間である。1923年(大正12年)に東京の落合基督伝道館が設立されて以来、3年間に17の伝道館が設けられた。 その後、6つの伝道館も加えられた。柘植師のミニストリーは、十字架の贖い、自我の磔殺、聖霊の盈満、聖潔の徹底、そして、神癒(癒しの賜物)による力の伝道であった。 各地でなされた聖会・聖別会での神の御臨在の顕現は、驚くべき神の働きであり、御霊の著しい御業であった。柘植師は、神の器として整えられ用いられたのである。柘植師は、主に捧げるべきものを捧げ、明け渡すべきものを明け渡し、従うべきことを己に死んで従われた。その結果としてのお働きであったことを覚えたい。 さて、先週、全日本のリバイバルの発祥の地を求めて、ウェスレアン・ホーリネス神学院の諸教師と神学生方が、飯田を訪れた。 1919年(大正8年)から翌年にかけて、日本各地で聖霊の著しい働きがなされ、深いところから地域教会が刷新され、救われる者たちが多く起こされていった。 その発端が、長野県飯田市、若松屋(林留平氏)での秋山由五郎師、小原十三司師、そして、柘植不知人師の信仰による祈りから始まったと言われている。この歴史的出来事の解釈と評価については様々あるだろうが、少なくとも、それを契機に柘植師が破竹の勢いで神の栄光のために用いられていったことは確かである。 では、柘植師より見せられ、教えられ、与えられた信仰とは何なのであろうか。それは、「活水」活ける信仰、命ある信仰である。 今朝の箇所によって主がまさに命を与えるお方であることがよくわかる。そして、その命に与るために活ける信仰を持った人たちがいたのである。 ここに記されている内容は、会堂司ヤイロの娘の死からの甦りと、12年間長血を患っていた女の癒しである。 主イエスとその一行は、ゲラサ人の男の救いの出来事を経て、カペナウムに帰ってきた。すると群衆はイエスを待ち受けていて喜び迎えた。その中に会堂司ヤイロがいて、死にそうな娘のためにユダヤ教の役員という誇りを捨てて、若きイエスの前にひれ伏し助けを懇願した(41,42節)。「するとそこに、ヤイロという名の人がきた。この人は会堂司であった。イエスの足もとにひれ伏して、自分の家においでくださるようにと、しきりに願った」。 長血を病む女は、「汚れた者」と人々に思われており、レビ記にこう記されている。 「女にもし、その不浄の時のほかに、多くの日にわたって血の流出があるか、あるいはその不浄の時を越して流出があれば、その汚れの流出の日の間は、すべてその不浄の時と同じように、その女は汚れた者である。その流出の日の間に、その女の寝た床は、すべてその女の不浄の時の床と同じようになる。すべてその女のすわった物は、不浄の汚れのように汚れるであろう」(レビ15:25,26)とあり、女はこの律法の規定によって公に人々に接触することを避けていた。彼女の病状は悪く医者のために自分の身代をみな使い果たしてしまったが、誰にも治してもらえずもはや絶望するしかなかった。 この二人ともに命にかかわる病いで悩んでいたのだ。 イエスは、ヤイロの家に急いでいたが、その途中長血の女は、イエスの「み衣のふさにさわりさえすれば、なおしていただけるだろう、と心の中で思って」(マタイ9:21)、信仰の手をイエスに伸ばした。すると、主の命が流れ出て女は癒された。「娘よ、あなたの信仰があなたを救ったのです。安心して行きなさい」(48節)とあるように、この女は虚しい空手ではなくイエスに生きた信仰をもって近づいたのである。 主を取り囲む群衆は、興味本位でイエスに触れる者がいたかもしれないが、主を信じて触れたのはこの女だけであったのだ。私たちも毎回の礼拝に参加する時、そのような信仰を持って主に近づこうではないか。 一方、ヤイロの娘は、イエスがその家に着く前に死んでしまった。死において万事は決定的に終わってしまった(49節)。「会堂司の家から人がきて、『お嬢さんはなくなられました。この上、先生を煩わすには及びません』。ここでも絶望して泣き悲しむ他はない。何か他のことを期待するならば、「あざ笑った」(53節)とあるように死の現実の前にバカにされるだけである。「人々は娘が死んだことを知っていたので、イエスをあざ笑った」とある。 ところが、主はヤイロに向かって、「恐れることはない。ただ信じなさい。娘は助かるのだ」(50節)。「泣くな、娘は死んだのではない。眠っているだけである」(52節)と語られた。死が万事の終わりではない。死のかなたに何かが起こる。 そのことを促された主は、取り巻きの騒がしい不信仰な人々を排除し、真に娘のことを愛している両親と弟子であるペテロ、ヤコブ、ヨハネだけを傍におらせた(51節)。「人々はみな、娘のために泣き悲しんでいた」(52節)とあるが、これは葬式の時に雇われて大声で泣き叫び、号泣、慟哭する「雇われ泣き女」も含まれていたのではないかと思われる。中国や韓国、また古代の日本においても同様の風習があったようだ。彼らは真に絶望しているヤイロたちの何の助けにもならなかった。 けれども、主イエスは、人々の嘲笑をよそに一つの確信ある行動をお示しになられた。「イエスは娘の手を取って、呼びかけて言われた。『娘よ、起きなさい』。するとその霊がもどってきて、娘は即座に立ち上がった」(54節)とある。主の権威により少女の死からの甦りが起こったのである。 実に人間ではどうすることもできない死の前にイエスの神色自若、冷静沈着。あわてふためくことのない主がおられることを覚えたい。ハレルヤ! この二つの奇蹟は、主イエスが人に「命を与えるお方」であることを示している。社会的に生きていくことができない長血の女を癒し社会復帰させ、ヤイロと娘には、主こそ命を付与されるお方であることをお見せになられた。そのことを私たちも信じるよう主は迫られるのである。「あなたは、わたしが命を与える救い主であることを信じるか」と。 |
題「命を与える者」ルカ8:40-56
目次
