猛暑続きの日々、皆さんはお元気でしょうか。健康が支えられてこの暑さを乗り切ってほしい。
さて、歴史上の人物も視点によって違ってみえてくるようだ。たとえば、西郷隆盛がそれだ。2018年のNHKの大河ドラマで「西郷どん」が一年間放送された。主演が鈴木亮平で彼の好演でドラマは人気を博した。原作者と脚本家が女性であったので、西郷隆盛を「女の視点」で、勇気と実行力で時代を切り開いた「愛に溢れたリーダー」として描かれたそうである。
では、実際の西郷さんはどのような人物であったのであろうか。そのことを知る人々が、文書や口伝で残しているようなので、そのいくかをご紹介したい。西郷隆盛は、1873年(明治6年)頃、横浜海岸基督教会において、米国の宣教師、ジェームス・バラにより洗礼を受けている。この宣教師は、日本宣教史において特筆されるべき有名なお方であった。受洗した西郷は、こう教会にお願いしたそうである。「信者になったことは、私の立場をご理解いただき、他言は一切無用に願います」と言い御礼に豚二頭を教会にささげたという。
但し、残念ながら関東大震災の際に教会員名簿は消失してしまった。しかし、なお追跡すると、受洗後の西郷の様子がわかる。西郷南洲顕彰館の館長さんによると、西郷は中央政府から背いてから、帰郷した後、薩摩での晩年までの数年間は聖書講義を有志にしていたという。現在の鹿児島バプテスト教会中山伝道所は、西郷が伝道した地に記念として設立した教会と伝えられている。このことは、島津藩と縁のあった川邊家文書で子孫に伝えられてきたことであり、現在は口伝である。
薩摩藩の有馬藤太という人物は、明治時代、京都にて警察官になった。彼は青年時代に西郷との面談で漢文聖書を読むように勧められたものの、読むことなく借りていた聖書を返した。後に、神戸で宣教師関係の事件が起こった際に、京都から応援に行くことになるが、取り調べの時に、かつて西郷に借りていた聖書を読んでおくべきであったと強く後悔していたことを書簡に残している。これは現存しているとのこと。
別に、日本における預言者的な存在であったクリスチャンの内村鑑三が西郷について記している文書がある。「敬天愛人(神を愛し、隣人を愛する)の言葉が、彼の人生を要約していること。まさに最高の極致であること。維新における西郷の役割を余すことなく書くことは、維新史の全体を記録することになる・・・。一部省略 西郷は、西南戦争で銃弾に倒れるが、西郷を殺した者たちが、ことごとく西郷の喪に服し、涙ながらに彼を葬ったという。そして、涙とともに彼の墓は、今日まで、あらゆる人々によって訪れられている。かくの如くして、最後の武士は世を去ったのである」と書き残している。このように、あの西郷隆盛自身も神を信じたことによって、人生の大政奉還をなした人であったのだ。
私たちの教会の会議室に「敬天愛人」の書が刻まれた彫り物が飾られている。これは、新会堂完成の際に、献品してくださったお二人の方々の力作である。私たちは、この書を見るたびに、あの西郷隆盛を思い出しているのである。
「心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なる神を愛せよ。自分を愛するように、あなたの隣人を愛せよ」
マルコによる福音書11:23,24
