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礼拝メッセージ
題「全能の神に仕える」創世記17:1-8
2026年度標語は、「全能の神に仕える教会」―謙遜な僕としてー。標語聖句は、「わたしは全能の神である。あなたはわたしの前に歩み、全き者であれ」(創世記17:1)である。 今朝は、定期総会総会に備えてこの御言に聴きたい。かつて、イスラエルの信仰の... -
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題「御国に入る用意」ルカ3:1-9
新年度になって二週目、たいへん興味深い箇所を学びたい。 旧約時代と新約時代の間には、400年間の隔たりがある。しかし、「ローマ皇帝テベリオの在位の第15年」(1節)、歴史への神のご介入が再開されることになった。これは画期的時代の幕あけを意味し... -
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題「除かれた大石」マルコ16:1-8
勝利の復活の主を崇めて感謝したい。 一般的によく言われることに、「キリストの復活だけは信じられない」というのがある。 復活は神の御業である。理屈では納得できない。科学や物理法則の枠を超えた出来事であるので、人間の理性や論理では理解しきれ... -
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題「裂けた幕」マルコ15:33-38
いよいよ棕梠の日を迎えた。受難週の始まりである。私たちは、心して主イエスのご苦難を覚えて一週間を過ごしたいものだ。 十字架の日は、金曜日である。米英ではGood Fridayと呼ばれている。世にいう不吉な日のことではない。 この日、主イエスは、十... -
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題「十字架の受苦」マルコ15:6-15
主イエスは、私たちの罪の贖いと救いのために十字架の受苦の道を辿って行かれる。「受苦」とは、物理的、精神的、霊的に苦しみを受けることである。イエスの場合は、自分のためではなく、この地球に生が与えられて生まれてくるすべての罪人のために壮絶... -
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題「泣き続けた男」マルコ14:66-72
受難週の木曜日の夜、イスカリオテのユダの裏切りで、主イエスは敵に捕縛された。その時、「弟子たちは皆イエスを見捨てて逃げ去った」(マルコ14:50)とある。この福音書を書いたと思われるヨハネ・マルコは、14章51,52節によると「裸で逃げて行った」と... -
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題「神の御許に帰る」マルコ14:22-26
エルサレムに異邦人聖書研究所がある。1994年、そこで「最後の晩餐(過越しの食事)セミナー」を受ける機会を得た。主イエスが主催した過越しの食事とユダヤの一般家庭での過越しの食事を体験することができた。 特に主が弟子たちと共にされた過ぎ越しの食... -
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題「主に仕える人」マルコ14:1-11
キリストの十字架のご苦難を覚え、エルサレム入城前の土曜日に起こった出来事について学びたい。主イエスは、エルサレムを訪問される時、ベタニヤ村のマルタ、マリヤ、ラザロの家を宿泊所としてよく用いられた。ベタニヤは、エルサレムから約3kmのオリブ... -
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題「創造の目的」イザヤ43:7
NHK朝ドラ「ばけばけ」の主題歌、「笑ったり転んだり」は、夫婦デュオ・ハンバートハンバートが歌っている。印象的な歌詞に、「毎日難儀なことばかり、泣き疲れ眠るだけ・・・日に日に世界が悪くなる」とある。全体的には癒しの歌になっているのだが、こ...
