「人の生命の尊さ」

 信州大学医学部における献体組織がある。献体とは、「医学の教育・研究の解剖用の尊い教材として、ご自分のご遺体を無条件で、無報酬で提供する篤志行為をいう」が、医学生は、医学部教師と共に献体してくださった方々のご遺族をお招きして、故人に感謝をするときを持っている。そこでは、献げた者のご家族と用いさせていただいた者が一同会してもたれる厳かな式典がなされる。思えば、日進月歩日本の医学も進歩していくのであろうが、このように多くの方々が「我が身(ご遺体)」を献体されたご貢献があってのことでもあると思わされている。随分以前のことではあるが、私も医学生の家族としてその場に一度だけ参加させていただいたことがあるが、人の生命について考えさせられる機会となった。

 さて、「人間の生命が軽視されている」とは、今日多くの方々が感じていることではなかろうか。昭和の子ども時代からのことを振り返っても、現代ほど人間の生命が軽んじられ、虫けらのように扱われ、人権感覚が信じられないほどに麻痺している時代は他になかったのではないかと思わされている。全国の学校ではなおいじめが続いている。いじめを苦に自死を遂げてしまった事件も珍しくなくなってきた。大人社会でも強い者が弱い者をいたぶり、いじめ虐待し、死に追いやっている。痴情のもつれで男が女を殺し、女が男を殺している。親が子を殺し、子が孫が親や祖父母を殺している。己の正義を信じ政治家を殺す事件まで起こっている。また、世界では、政治理念、信条や勝手な哲学によって、少数派の民族を支配し迫害し好き勝手に生命を奪っている。ウクライナでは、戦争が一年以上続いており、女性たちと子どもたちが、毎日のように弄ばれるようにひどい目にあっている。大勢のウクライナの子どもや青年がロシアによる連れ去りにより、洗脳教育されつつあり、ロシア人化させていると聞く。恐ろしいことである。果ては彼らをロシア人にしてウクライナと戦争させようとしている。あの国は歴史を繰り返し何も学ぶことなく、世界を不幸のどん底に陥れているのである。

 この日本もこれからどうなっていくのであろうか。誰しも不安に思っておられるではないだろうか。

 聖書は、今も昔も変わらず、十戒にあるように「汝、殺すなかれ」と語っている。人間は、神に造られた尊い神のかたちにイメージされている存在であるゆえに尊い。かけがえのない生命なのである。その宝物のような人の生命をいとも簡単に他者によって勝手に奪ってはならないのである。それは聖書の一貫したメッセージである。

 以下、専門家からの受け売りの情報であるが、非常に興味深いの紹介したい。人体は小宇宙であると言われている。人の体には約60兆の細胞がある。その細胞が生命を維持するための働きをする。血管は栄養分と酸素を運ぶという大切な役割をする。体中に張りめぐらされている血管と毛細血管を含めて、ずっとつなぐと、何と9万Kmになる。地球一周が4万Kmだから、地球2周と少しとなる。脳もすごい。大脳には140億、小脳には1000億の細胞がある。一つひとつの細胞は突起を持っており、合わせて100兆になる。この突起をつなぐと月と地球を25往復する。

 それぞれの細胞には、DNAが含まれているが、それをつなぐと180cmとなる。一人の人間が持っているDNAをつなぐと1000億Kmとなる。地球と太陽を200往復となる。まさに人体は小宇宙であり大げさではないことがわかる。この小宇宙な人体が直径0.1mmの卵子と0.06mmの精子の合体から生まれることが素晴らしいのではないだろうか。まさにこれを神の御業と言える。もし、一人の人の生命を奪うことがあるならば、60兆個の細胞が死ぬことなのだ。

 一人の人の人生が終わるということは、9万Kmの血管循環が止まることである。地球と月を25往復する細胞のネットワークがある脳の働きを停止することになるのである。一人の人が死ぬということは、とてつもなく重いものなのだ。創造者である神は、直径約940億光年(現段階での人間の知るところによると)の大宇宙をその手に支配しておられるが、この小さな惑星に生まれた一人ひとりの生命の救いのために、独り子イエス・キリストを救い主としてお与えくださった。それほどに「一人の生命は重く尊い」のだ。それゆえに、勝手に私たち人間が誰かの生命を奪い死にいたらしめてはならないのである。

 「汝、殺すなかれ」とあるとおりだ。

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