「ユダヤ人とは―その⑵」

 ユダヤ人を知らないことは、聖書を読む者としては残念なので、引き続きユダヤ人研究者の書物を参考に学んでみたいと思う。

 かつて私の父親がユダヤ人を嫌っていたのであるが、それはどうしてなのであろうか。それは世界にある反ユダヤ主義の思想があったからだ。そして、今も厳然として存在している。1870年から1880年代にかけて生まれたといわれる「反ユダヤ主義」とは、ユダヤ人を単に憎悪するということではなく、ユダヤ人であること自体が犯罪だという思想なのである。この世にユダヤ人が存在してはならないとする考え方なのである。

 その起源は、ドイツではなく、19世紀初頭のヨーロッパ、英国やフランスの人種論に遡るといわれる。ドイツでは、アーリア人(インドから中央ヨーロッパ、ゲルマン民族、ドイツ人のこと)の優秀性によりユダヤ人の人種的劣等性を証明しようとした。人種論の祖は、フランスの外交官、ジュセフ・ゴビノーという人物である。すべての文明はアーリア人種に始まるとし、世界はブロンドの青い目のアーリア人によって支配されなければならないと説いたという。

 その説に傾倒した音楽家でワーグナーがいた。音楽的妬みの加わりユダヤ人であるメンデルスゾーンを否定した。ワーグナーの末娘と結婚した英国人のスチュワート・チェンバレンは、反ユダヤ主義の著書の中で、ゲルマン人のみが人類の指導者であり、文明のすべての価値をつくり出したと豪語した。

 また、聖書の登場人物を取り上げてイスラエルの王ダビデとイエス・キリストはゲルマン人になったと主張したそうな。こうした反ユダヤ主義は、さらにヒートアップすることになる。

 1873年、ドイツの国内の株式の暴落と経済危機、社会的困窮の原因は、すべてドイツにいるユダヤ人に押し付けられた。ユダヤ人は、約1900年、ヨーロッパの諸国に身を寄せてそれぞれの国々に国家的貢献をすることに涙ぐましい努力をしてきたのであるが、却って肩身の狭い思いをしながら生きていかなければならなかった。これは恐ろしいことなのである。

 そして、とうとう1933年1月、国民投票により、アドルフ・ヒトラーがドイツ首相になってしまった。そして、第一次世界大戦後、ドイツに課せられた平和条約があったにも拘わらず、ヒトラーは軍備拡張に着手。ユダヤ人に対する攻撃を強めていったのである。ドイツ国民は、アーリア人でなければならないという法を確定した。当然、ドイツに在住していたユダヤ人は衝撃を受け、自殺者や移住者が激増したという。20世紀の中頃に、このようなことが起こったのである。

 聖書を読むと、創造者である神の敵がイスラエル、ユダヤ人に敵対と挑みかかり葬り去ろうとすることがここかしこに記されている。選民イスラエルは、アブラハム契約(創世記12章)によって神から使命が与えられているが、それを果たさせまいとする妨害勢力が、この世界にあって強力に働いていることを認めざるを得ない。その事実を世界史は証している。

 エジプト、アッシリヤ、バビロン、ペルシャ、ギリシャ、ローマなどの国々は、歴史を貫いてイスラエルを滅ぼうとしたのではないか。それは、近代にも続いていたということである。しかし、イスラエルは過去において二度も国を失いながら、ユダヤ人は滅ぼされることはなかったのである。そこに、歴史学者のアーノルド・トインビーのいう歴史の奇蹟があるのだ。

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