「アメージング・グレース」その1

 「アメージング・グレース」(Amazing Grace)という讃美歌が、日本においてよく耳にするようになった。映画、ドラマ、アニメ、CMソングなどで用いられている。アメリカでは、国民的に愛唱されてきた一曲であり、ゴスペル歌手のマヘリア・ジャクソン、ロックのエルビス・プレスリーも歌っていて超有名である。そのタイトルは、「驚くばかりの恵み」ということだが、どのような驚きなのであろうか。日本の歌手では、本田美奈子や華原朋美、男性では槇原敬之が歌っているが、それなりに音楽としては素晴らしいかもしれないが、元の歌詞の意味からすると正しく表現されているのだろうか。

 実際の歌詞はネットでごらんいただきたい。ここではその解説をしたい。「驚くばかりの恵み」とは、ヒューマニズムの親切や人間的やさしさのことではない。神の恩寵のことであり、神が歴史において救い主イエス・キリストの十字架によって示してくださった「びっくりするような神でなければ与えることができない恵み」のことである。

 作詞者は、英国人のジョン・ニュートン(1725年-1807年)で、作曲はアイルランドかスコットランドの民謡から作られたか、19世紀の米国で作られたのではないかと言われている。あまりはっきりしない。

 ジョンは、クリスチャンの母に育てられたが、彼が7歳の時に亡くなってしまった。残されたジョンは父子関係が悪くいつも反抗していたが、なぜか商船の船長の父に付いて船乗りになった。後に自らアフリカから黒人奴隷を運ぶ奴隷船の船長になり富を得るようになった。ジョンは、拉致してきた黒人を船内の劣悪な環境で家畜のように扱い、大勢の黒人たちが人身売買の前に感染症や脱水症や栄養失調などで次から次と死んでいった。そして。その悲惨な遺体をごみのように海に投げ捨てた。この時代、ジョンはその悪行に対して何の良心の呵責もなかったようである。

 そのような非情の男に転機が訪れた。彼が22歳の時、イングランドへの輸送中、嵐に遭遇して浸水し船が転覆の危険に陥ったのである。奴隷がたくさん死んでも心痛まないが、自分の命が脅かされると、我が身かわいやで恐怖するのである。勝手なお話である。彼は今にも海に吞まれそうな船の中で、かつて母が教えてくれた聖書の神に必死に祈った。これが初めて心底からの神への祈りとなった。祈りが神に届いたのであろうか、船は不思議に難を逃れた。ジョンは、この日を人生の転機として捉えて、それ以降、酒や賭け事、不謹慎な行いを控えるようにはなったのだが、その後6年間、黒人奴隷に対してはいくらか同情的になったものの、依然と奴隷貿易をやめようとはしなかった。

 しかしながら、多くの時間を要したが本当の回心の日は来た。1977年、30歳の時、奴隷船を降りて、著名な英国の信仰の指導者であった牧師たちに師事し聖書を学び訓練を受け牧師の道を歩みはじめるのである。1779年、記念すべき「アメージング・グレース」を含めた讃美歌集を出版し、同年、ロンドンの教会に牧師として就任した。この頃からジョン・ニュートンは、奴隷反対運動に関わるようになったのである。

 一方、ウィリアム・ウィルバーフォースというクリスチャンホーム出身の青年が、ケンブリッジ大学を経て、英国の政治の世界へ踏み出したが、1778年、神からのチャレンジを受け、神のために奉仕する道を求めるようになった。それは、キリスト教会の教職者になることを意味していた。彼は助言を得るために、ジョン・ニュートンとの面談を申し出た。ウィルバーフォースは、英国国教会の教職者であるニュートンからこれから自分の進もうとする道の確信となるような言葉が欲しかったのであろう。だが意外な展開が待っていた。何とニュートンが、ウィルバーフォースに指し示した道は、牧師としてのミニストリーの働きではなく、クリスチャン政治家として神の使命を国政において果たしてほしい、と言うのである。それは何を意味していたのであろうか。

 「私は元奴隷商人の船長として悪と罪に塗れた人生を送っていた。しかも、一度命を救ってもらいながら、なお奴隷船に乗り続けた。しかし、後になって神の聖霊の光を受け、自分自身の罪深さを示され打ちのめされた。私は本当に悍ましき赦されざる罪を犯し続けてきた。ただただ神の御前にひれ伏すだけであった。それなのに、神はこの私の罪を断罪されるのではなく、イエス・キリストの十字架によって赦してくださった。善なる行為や償いによってではなく、ただ信じるだけで受け入れてくださった。その時の喜びと平安はどのように表したらよいのかわからない。罪深いは私は、神の驚くばかりの恵みにより救われたのだ。

 私はその時以来、自分が受けた体験談をいろいろな場所が語ってきた。そして、この英国における黒人奴隷制度の廃止のために祈り労してきた。でも私には力がなくこれまで何もできなかった。実に情けない限りである。そこで君にお願いがある。ウィリアム、どうか私ができなかったことをクリスチャン政治家として国会において果たしてくれないか。教会ではなく、政界において神の栄光を現わしてくれないか。どうか、国を動かし黒人たちの奴隷解放と制度の廃止を実現してほしい」と切々と語るジョン・ニュートンは真剣そのものであった。

 神の僕、ウィリアム・ウィルバーフォースは、ジョン・ニュートンの志を真摯に受けとめ、モンスターのような英国の利権を死守しようとする体制派による国会議員を相手に、神の御心であると信じる黒人奴隷解放のために壮絶なバトルを展開していくことになるのである。・・・つづく

目次