題「子を愛する母」列王上17:17-24

 列王上は、イスラエル史である。1章から11章、タビデ王の子ソロモンの治世。12章から16章、北イスラエル王国と南ユダ王国の分裂時代の初期。17章から22章、預言者エリヤが活動する時代の記録。これらの歴史において中心的な位置が王から預言者に移行しているのは、ソロモン王の死後、イスラエルを統治する媒体としての王制の時代が終わり、神が預言者を通して民を導く時代に入ったことを示している。それ以来、北イスラエル王国と南ユダ王国は、王がいるものの霊的指導者として役割を果たすことが難しくなった。北の王、ヤラベアムからホセアまでの19代の王は全部、悪王、極悪王、邪悪王であった。南の王、レハベアムからゼデキヤまでの20代の内、12人が悪王であり、8人だけが善王であった。

 ここに登場するエリヤとは、どのような人物なのであろう。彼の名は「主は神である」という意味である。彼はその働きを通して、その名のように主こそ真の神であることを人々に知らせようとした。エリヤの出身地は、都会ではなく辺ぴなギレアデのテシベであり一野人に過ぎなかった。その時代は、北イスラエル王国の第七代目の最悪王アハブが悪政を行っていた。この国の偶像礼拝の罪は甚だしく、その理由はシドン人の妻イザベルによる影響であった。彼女は、自分の故国の宗教をイスラエルに強要した。この女は毒婦と呼ばれている。こうして主の真の預言者たちは身の置く場もなく隠れるしかなかった。

 そんな時、エリヤはアハブに宣戦布告した。「わたしの仕えるイスラエルの神、主は生きておられます。わたしの言葉のないうちは、数年間雨も露もないでしょう」(17:1)と。当然、アハブとイザベルは烈火のごとく怒ったことだろう。神は彼らがエリヤの命を取る前に彼を逃れさせた(17:3)。3-7節では、ヨルダンの東にあるケリテ川のほとりで川の水に合わせて不思議な方法でエリヤを養われた(主はからすに命じてパンと肉を運ばてエリヤの食の必要を満たされた)。しかし、エリヤの宣言の如く雨が降らなくなり川の水も枯れた。そこで、主は第二段階を用意されて、彼をシドンに属するゼレパテに導かれ、そこでやもめ女に命じて養わせようとしたのだ。

 シドンといえば悪女イザベルの故国であり、エリヤが身を寄せるのは異邦人の女である。彼にためらいがあったかもしれないが、彼は全く無条件で従った。神の御思いと人の思いとは異なることを教えられる。さて、エリヤが町の門に着くと、そこでたき木を拾う一人の女に出会うのである。エリヤがこの女に一口のパンを求めたとき、彼女はエリヤに、パンがないことと、一人息子ともう生きていけないので、わずかに残ったかめの一握りの粉と、びんの少し油で、親子二人のために小さなパンを焼いて食べその後死のうとしていることを告げた(17:10-12節)。何と哀れなことであろう。またエリヤのことを考えると、敢えて神がこのようなところに彼を連れてこられたことに驚きを覚える。

 だがエリヤは状況ではなく、神を心の目で見ていた。彼は女の事情を理解した上で動じることなく、エリヤのために小さなパンを焼いて、それから二人のためにパンを焼くよう話した。そして、信仰によって「主が雨を地に降らす日まで、かめの粉は尽きず、びんの油は絶えない」(17:14)と語るのである。このエリヤの言葉を信じて従ったときに奇蹟は起こり、この親子の命は救われるのである(17:15-16)。ところが、この話はここで「めでたし、めでたし」で終わっていない。続きがある。何と命拾いしたはずの男の子が病気になって死んでしまうのである(17:17)。「神の人よ、あなたはわたしに、何の恨みがあるのですか。あなたはわたしの罪を思い出させるために、またわたしの子を死なせるためにおいでになったのですか」17:18)。これまで見てきたとおりに、この親子は死のうとしていたのに救われたのである。それなのにこのようなことが起こってしまった。

 この母親はエリヤの神によって奇蹟がなされたことを認め感謝していたのであろうが、この厳しい現実の前に母として打ちのめされてしまったのだと思う。そして、もって行き場のないどうしようもない怒りと憤りを思わずエリヤにぶつけてしまったのだ。またこの母親は息子の死と自分の過去に犯した罪との関わりを疑っている。つまり、息子が死んでしまったことと自分が過去に犯した罪との因果関係を疑っていたのだ。自分の過去の過ちが我が子を死なせたと思ったのであろう。エリヤは、複雑な心情がうちに逆巻く彼女を理解しそのまま受けとめた。そして、信仰と祈りによって、再び神の奇蹟を呼び寄せるのである(17:19-22)。

 「ごらんなさい。あなたの子は生きかえりました」(17:23)。そこで女は、「今わたしはあなたが神の人であることと、あなたの口にある言葉が真実であることを知りました」と語った。これは、ゼレパテの母親の信仰告白である。彼女はこの度の息子の死と生き返りにより、イスラエルの神の恵みと憐れみに与ることができた。そのことによって真の神の真実を体験することができたのである。けれども、神の真実というのは奇蹟だけがすべてではない。生き返ったこの息子もやがて寿命がきて死んでいったことだろう。新約聖書の記録、ラザロの甦りも同じであった。大事なことはこの子がエリヤの祈りによって神の恵みに与ったということである。

 親が子と死に別れること。こんな悲しい出来事は他にないと言わざるを得ない。年の順に死んでいく。それが自然であり普通でありある意味で受け容れ易い事実であろう。しかし、それが逆になってしまうことは親にとって耐えがたい苦悩となり痛みとなる。恩師夫妻は、喜びのクリスマスの季節に二人の娘と死別されたことがある。12月11日、幼い次女が病を得て召された。両親の愛の祈りにより生前に主イエスを救い主として信じた。その後数十日の激しい痛みに耐え、死の恐怖から解放され、天国に望む笑顔は輝いていた。そして、しみじみと言った言葉がある。「ああよかった。イエスさまを知らない人はお気の毒ね」と。

 その後、何年か経って、32歳の長女が夫と子どもをひとり残して召された。12月9日のことであった。彼女も高校生の頃、信仰を告白して救われ、幸いなクリスチャン人生を送っていた。だが彼女はあまりにも早く地上の人生を終えなければならなかった。突然死であったようだ。この御夫妻は、お二人で悲しい記憶としてクリスマスを心に刻まなければならなかった。伝道者の人生は厳しいものがある。長女の葬式のその日、御夫妻はすでに用意されていた神の道を従順に歩まなければならなかった。何と同日の夜、ある教会の「クリスマス音楽と講演の夕べ」という特別な集会に夫である先生が特別講師として招かれていたのだ。それはもはやお断りすることができないものであった。そして、そのために奥さまが祈って夫を送り出したのである。

 どのような心情をお互いに抱いておられたことであろう。その夜、「すべての人を照らすそのまことの光が世に来ようとしていた。光はやみに輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった」(ヨハネ1:5,9)の御言葉をもって、先生は、キリストのご降誕とその意義についてお語りになられた。そのことによって、人生の最暗黒の中にもなお輝くキリストによる光、神の愛とその慰めを心に深く体験したという。奥さまは、家にあって夫のご用が無事果されるように静かに祈っておられた。まさに夫婦ともにある伝道である。

 先生御夫妻は、娘を二人まで天に先に送られなければならないとは何とつらい悲しい経験であろうか、と思っておられに違いない。けれども、お二人には信仰による希望がある。長女も次女もイエスさまの恵みと救いに与り、確かに天の御国に迎えられていることを信じておられた。愛する娘を主の救いに導くことができたこと。これ以上の子どもに与えることができる最大のよきものは他にないことを確信しておられた。地上の別れはつらいけれど、「また天国で会おう。会いましょうね」と御国にいる愛する娘たちに語りかけることができるのだ。このことの方が命拾いをして病が癒されるよりはるかに尊いことであることを思わされる。それは一時的なものではなく永遠に続くからである。

 いずれの国の母もみな子を愛している。ユダヤ人であろうが、異邦人(外国人)であろうが、世界の母親が子を愛し慈しみその幸せを願い求めているのではないだろうか。今日も世界の母親が我が子のために涙をもってその人生の幸福を願っている。その幸せが永遠に続くものであるように。この教会も子どもたちの救いのために祈り続けたい。
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