| 主イエスは、ご自身のミッションの遂行のために12使徒をお選びになられた(12-16節)。その後、大勢の人々の必要に応えるために、教えを語り、病気を患った人々や悪霊につかれた人々を癒された(17-19節)。 20節から49節は、山上の説教である。これは、マタイによる福音書5章から7章に記されているものの順序を変え、簡略にしたり付け加えた内容になっている。確認しておきたい。 今朝はこの中で、27節から38節にある「キリスト教が愛の宗教」であることを学ぼう。27節から31節は、敵を愛し、敵のために祈り、拒むことなく与えることであると言われた。 それは決して、敵意を逸らす作戦でもなく、見返りを求めることでもなく、喜んでする行為なのである。言いたい黄金律は、「人々にしてほしいと、あなたがたの望むことを、人々にもそのとおりにせよ」(31節)である。 32節から36節では、その行為の崇高な動機は、神にかかっていることがわかる。良き行為の「報い」は、「いと高き者」がお決めになられる。そして、「あなたがたの受ける報い」とは、「いと高い者の子となる」という報いである。ここでは、「神の子になれる」ということではなく、「神と似た性質の者とされること」を意味している。「あなたがたの父なる神が慈悲(あわれみ)深いように、あなたがたも慈悲(あわれみ)深い者となれ」(36節)とあるとおりである。 しかし、私たちは、ここにあるような慈悲深い愛の人になれるのだろうか。お互いに脆い土の器であり、罪深い者である。 本来人間は、神に補ってもらわなければやっていけない存在である。詩篇8:4-6に、「人は何者なので、これをみ心にとめられるのですか、人の子は何者なので、これを顧みられるのですか。ただ少しく人を神よりも低く造って、栄えと誉とをこうむらせ、これにみ手のわざを治めさせ、よろずの物をその足の下におかれました」とある。 「人を神よりも低く造って」とは、人間は自己完結型の自己達成できる存在ではないという意味である。人間は神なしでは飢え、貧しく乏しい者である。敵に対しては、憎悪を燃やし容赦なく呪い裁く。私たちは、欠けのある者であり、他者を愛したり赦したりできない存在なのである。神あっての人であり、私たちは、天の父なる神に結びついていないと生きられないのだ。 逆に天の父なる神に信仰によって繋がっているならば、私たちは、神から必要な力を与えられ、ここにある「慈悲深い者」と成長させられていくのである。 主イエスもこう言われた。「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶようになる。わたしから離れては、あなたがたは何一つできないからである」(ヨハネ15:5)と。 さて、恩師伊藤栄一師は、地方の開拓伝道の達人、祈りの牧会者であった。戦後、四国徳島の人口僅か8500余の小さな鴨島町(現吉野川市)で阿波伝道に着手した。その伊藤師が全国に知られたのは、三浦綾子氏との出会いと交わりによる。三浦氏の著書「わたしの信仰雑話 生きること思うこと」の中で、「悪痴先生の感謝」という文章がある。 三浦氏は、ある年四国講演旅行をされたのだが、徳島の鴨島兄弟教会でも講演された。三浦氏が鴨島に赴く前にどなたかが、「鴨島の伊藤先生は悪痴ですよ」と言われたという。「アクチ?」と、問い返す三浦氏にその人は笑いながらこう返した。「ええ、音痴という言葉がありますが、伊藤先生は悪痴なんです。あの先生にとって、悪い人はいないらしいんです」と。 それは、この世には誰も悪人はいないというような、そんな皮相な人間の観方ではなく、どんな人間の中からも長所を見出して受け入れる、寛容な愛の方という意味であった。三浦氏は、四国一のニコニコ顔の田舎牧師と出会い、霊的な感動を受けられたようである。それ以来、お互いの数限りない手紙やはがきのやり取りがあったのだが、ある年二度目の四国講演旅行の鴨島での集会予定が取れず残念であったが断わったという。ところが、そのご用が終わってから、すぐに伊藤師からの感謝の便りが届いたという。それは、断った恨み節ではなく愛と感謝の言葉だった。 「主の恵み豊かに、いよいよ祝され、ますますご健康が守られて、尊いご用をなさってくださいますように、お祈りいたします。くれぐれもお大事にしてくださいますように。いつもご加祷いただきますことを御礼申し上げます。 尚よろしくお願いいたします。先般の今治での御集会には、1500人のご出席であり、北九州の小倉では、1800人の来会者を与えられました由、それぞれ今治と小倉の方々から、お知らせいただきまして、本当にうれしく大感謝いたしました。まことにご苦労様でございました。厚く御礼申し上げます。ご夫妻を、主がいよいよ尊くお立てくださいますように、お祈り申し上げます。ご機嫌よろしく」。 鴨島の集会を都合で辞退された三浦氏は、このはがきを読み返しながら、涙が溢れてならなかったと述懐している。 「これが本当のキリストのお弟子なのだと思う。わたしのような吝な人間であれば、すぐ鼻先まで来て、寄っても行かなかった人間に、しかも招待を断った人間に、こんな便りを出せるだろうか。他の地での盛会を聞いて、『本当にうれしく大感謝いたしました。まことにご苦労様でございました。厚く御礼申し上げます』と、果たして書けるだろうか。このお便りを書かれる先生のお顔は、きっとあの輝く笑顔に満ちていられたであろう。キリストを愛するとは、こういうことなのだ」と書いておられた。 そして、最後にこう書き添えておられる。「なぜわたしたちは不満を後回しにし、感謝すべきことを先に言わないのだろうか。それはやはり、キリストにゆるされた事実を、正しく受けとめていないからではないだろうか。キリストへの真実な感謝が、伊藤先生のように他への感謝をも生むように思われてならない」と。 「あなたがたの父なる神が慈悲深いように、あなたがたも慈悲深い者となれ」とは、まず神との関係が整えられ、そこから他者との関係が生み出されることを教えられる。 |
題「慈悲深い者」ルカ6:27-38
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