「進化論あれこれ」

 今日、進化論と創造論についての論議がなお続いているが、創造論(神によってすべてのものが造られたという世界観)に立つ人たちが元気で活動していることはうれしい。わたしも少しく学ばせていただいたのでご紹介したい。

 日本に進化論が入って来たのは、1877年(明治10年)、東京帝国大学にエドワーズ・モースという自然科学の教師が進化論を教えたことに起因する。月給3,500万円。当時の大蔵省の役人の給料が2円の頃。1円が10万円の価値があった時代。あの米国との不平等条約によって日本人として屈辱を痛感してより、日本は世界に追いつけ追い越せと莫大な財を投じて青年教育に力を注いだのである。その教師が、神などいないという世界観に立ってものを考える人であったのだ。

 思想体系が進化論。進化論は社会思想であり科学ではないが、なぜか立証された科学として教えられているのが、現在の進化論である。100年以上、黒いものも白い白いと言われれば白く見えるものであろう。

 さて、進化論といえば、チャールズ・ダーウィンという英国人の自然科学者であるが、19世紀の人である。日本では江戸時代。ダーウィンは、進化論の中で人間がサルから進化してきた痕跡器官について語っている。人間がサルから進化してきた証拠としてサルのしっぽのなごりの尾骶骨があるというのだ。正式には尾骨という。劣った動物から進化してきたので、退化してきた器官がある。それを痕跡器官というのだ。19世紀に進化論が広められていった時代には、人間には180箇所の痕跡器官があると言われていた。そして、その一つとして、虫垂をあげた。盲腸と一般的に呼ばれている器官のことである。大腸の入口にあるのが、盲腸。大腸の出口にあるのが、直腸。出口と入口との間にあるのが、結腸。盲腸は大腸につながっているみみずみたいな臓器である。

 下等な動物は虫垂が長い。たとえばコアラがそうで、身長の三倍の長さの虫垂がある。だから人間の虫垂は下等な時代のなごりなのだという。それは人間にとって何の役にも立たない。その証拠として、手術で切り取っても何らダメージがない。むしろ、炎症を起こすならば死んでしまうこともある。虫垂なんて役に立たない臓器だ。現代はそういうふうに主張する人たちは、ほとんどいない。なぜかというといろいろなことが科学の進歩でわかってきたからである。実は、虫垂には独特の役割があることがわかってきた。

 人間の消化器というものは、食物が口から入り、咽頭へ。食道へ。胃へ。そして、小腸へ。大腸へ。最後は肛門から出ていく。人間の消化器官はチューブのようである。

 口から入るものは全部よいものとは限らない。腐ったもの、病原菌がついているもの、また毒を飲まされることもあるかもしれない。そこで、わかったことは、口から肛門までの食物の旅の間、10か所の悪いものをせき止める関所のようなものがあることがわかった。その関所の中で最も重要な働きをするのが、虫垂と言われているのだ。これが現代医学である。

 ある人は、虫垂はなくてもいいじゃあないか、というかもしれないが、実は人間の身体は代償機能というものがある。一つの臓器がなくなったら、それを自然に補おうとする働きがあるのだ。バックアップだ。たとえば、腎臓は二個ある。しばしばその一つを誰かのために生体移植をして人を助けることがある。しかし、二つあったものが、一つになるということは、その人にとって負担になる。そこでその人の腎臓は、一つになってからその働きを補うために1.3倍になるのだそうである。機能を助けるのだ。

 虫垂の場合は、なくなったら、後の九か所のリンパ機能が働いて、無くなった虫垂の働きを補うのである。バックアップ機能があるのだ。ダメージがないように思えるが、実は虫垂がなくてもよいということではないのだ。

 また尾骶骨に戻るが、現代、尾骶骨についてサルからの進化の証拠だという人はいない。今日、尾骨には、九つの筋肉の腱が結びついていることが知られている。たとえば、起立したり、椅子に姿勢を整えたり、しっかり座ることができるのは、尾骨に九つの筋肉の腱がつながっているおかげである。また、尾骨に筋肉の腱がつながっているので、肛門の開閉ができる。排便コントロールは尾骨があるのでできているのだ。尾骨は、サルから進化したから役に立たない退化した部分ではなく、人間が人らしく生活するために、どうしても必要なものなのである。1900年代、180箇所の痕跡器官があると進化論学者は主張していたが、1999年になったときには、ゼロになってしまっていた。

 現代は、進化論は一般人の常識のように考えられているが。果たしてそうなのであろうか。日本人も改めて問い直す必要があるのではなかろうか。

 興味深い本がある。ノーベル賞を受賞した二人の科学者、素粒子研究者の第一人者、益川敏英さんと、iPS細胞の山中伸弥さんの対談記録である。この対談で一部、「神はいるのか」というテーマで語り合っているところが載せられている。

 益川さん、「山中先生は、宗教を意識されたことはありますか」と。すると山中さん、「私は研究に行き詰まると、苦しい時の神頼みはよくします。生物学をやっているとこれは神にしかできないと思うようなことがたくさん出てきます」と。

 山中さん、「アメリカの今も人口の約半分が進化論を信じていないと言われています」、益川さん、「そういう話を聞くと日本人は進化論を信じないなんて怖いなぁと思うかもしれませんが、実は進化論を信じるにはある意味で怖いことなんですね」」。

 すると、それに対して山中さんが、「そうですね。なぜなら進化論はまだ誰にも証明されていないからです。なぜか日本人は、人間がみな猿から進化したと信じていますが、証明されていない。そのうちにダーウィンの進化論は間違いであったというようなことになるかもしれませんね」と。

 山中さんは、「進化論は誰によっても証明されていない」「科学で証明されていない進化論を信じていることに疑問を抱いておられる」「生物学を追及して極めていくとこれは神にしかできないと思うようなことがたくさんある」と言っておられました。

 

 創世記1章1節 「はじめに神は天と地を創造された」

  In the beginning ,when God created the universe.

 神が創造者としてご存在されるとするならば、人間を救うことも変えることもできるはずである。この視点をもってもう一度聖書に向き合っていただきたい。祝福を祈ります。

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