「ユダヤ人とは―その⑶」

 ユダヤ人の歴史の続きである。近代において「ホロコースト」は、あまりにもよく知られている。それは、ナチスドイツ政権とその同盟国及び協力者による、ヨーロッパのユダヤ人約600万人に対する国ぐるみの組織的な迫害及び大虐殺のことである。1933年から1945年までヨーロッパ全土で行われていた悪魔の業だ。

 反ユダヤ主義が拡大している最中、1838年11月、あるユダヤ青年が抵抗してパリのドイツ大使館員の殺人事件を起こしてしまった。これによって、ドイツのユダヤ系の商店、シナゴグ(会堂)が襲われ91人のユダヤ人が殺害された。これが発端となってユダヤ人に対する残虐行為が開始された。1939年、ナチスのポーランド攻撃により世界大戦勃発。ソ連以外の全ヨーロッパがドイツの支配下に入った。

 その年10月、ユダヤ人に対して、ダビデの星★の黄色のバッジをつけることを強制した。各地にゲットー(強制収容所)も設けられた。ワルシャワのゲットーは30万人収容。1942年1月、ゲシュタボ(秘密警察)の指示でユダヤ人全滅作戦が実行された。労働不能の者は、即処刑。元気な者は強制労働をさせた。またガス室の大量虐殺と大量射殺のために、アウシュビッツをはじめとする多くの収容所をつくった。では、ユダヤ人の全滅作戦のことをユダヤ人以外の一般の市民は知らなかったのだろうか。なぜそのような蛮行を許したのであろうか。実際には、多くの市民は知っていたが、知らないふりをしたのである。見て見ぬふりをしたのである。しかし、少数ながらナチスの目を盗んでユダヤ人を助けた人々はいた。

 1943年4月19日、ワルシャワのゲットーでナチスに対してユダヤ人の必死の反撃があった。わずかな武器を頼りに28日間の抵抗をした。しかし、ゲットーはドイツ軍の爆撃で破壊された。ここで1万人以上のユダヤ人が命を絶たれたのである。そして、生き残った2万人は死の収容所に移送された。

 1945年4月30日、ヒトラー死亡。5月8日、12年間の第二次世界大戦は終わりを迎えた。2000万人が死に、ナチスによって殺されたユダヤ人は600万人と言われている。1948年5月14日、イスラエル共和国建国。しかし、これに反発したアラブ5か国、エジプト、ヨルダン、イラク、シリア、シバノンは、第一次中東戦争を始めた。敗戦の色濃きイスラエルではあったが、少数派であったイスラエルの方が勝利した。この戦争のことをイスラエルの人々は、「独立戦争」と呼んでいる。その後、第二次、第三次、第四次中東戦争は続くのではあるが、なぜかイスラエルが敗戦することはない。不思議である。

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