1983年、文化庁芸術祭大賞を噺家の桂三枝(現、六代桂文枝)が、創作落語「ゴルフ夜明け前」で受賞したことを覚えている。お話は、1866年(慶応2年)、倒幕派の薩摩・長州の佐幕派の新選組とが互いに闘い抗争する幕末。ふとしたことから「西洋では物事を議論したり親交を深めるために、紳士のスポーツであるゴルフをすることを知り、新しい物好きの坂本龍馬がゴルフを取り入れて敵味方が仲良くしようと試みるストーリー展開となる。幕末の時代にゴルフが持ち込まれその意外性がおもしろく大いに笑ってしまう落語であった。
さて、この坂本龍馬の暗殺については、諸説あるようだが、現在では見廻組犯人説が定説になっているようだ。興味深いので紹介したい。1867年(慶応3年)、坂本龍馬が中岡慎太郎とともに京都近江屋にて暗殺された。犯人は、見廻組の隊長、佐々木只三郎他、隊員6人。その内の実行犯の一人が、今井信郎という。この男が龍馬を斬った人物とみられる。
彼はその後京都から逃げて、闇に紛れながら生き延びて、北海道の箱館戦争(五稜郭の戦い)に加わり、新政府軍に捕らえられてしまう。そして、取り調べの際に彼は龍馬の盟友西郷隆盛に引き出される。当然、ここで西郷は今井を処刑するのがこの世の常識であろうが、何と西郷は今井の助命嘆願をするのである。西郷の人生に何かあったのだろうか。
丁度、この頃、西郷は新政府軍に逆らった藩主と武士たちのかつての敵を恩赦と特赦によりお咎めなしとし、政府にも取り立てていったことに符号する。奇跡的に命拾いした今井は、静岡の田舎に流される。落ちぶれた下級武士たちとともに茶摘みをしながら生活するようになった。
やがて西南戦争が勃発。彼は命の恩人西郷を援助するために九州に向かうが、途中で西郷の戦死を知り引き返す。今井は将来に対して何の夢も希望もなく悶々とした日々を送っていたが、そんなところに宣教師が入ってきた。幕府側にいた人間にとって外国人はすべて侵略者以外の何者でもない。そこで、幕府崩れ組は、宣教師暗殺計画を企てる。刺客は満場一致で龍馬を切った今井信郎が一番ふさわしいということで選ばれた。
ところが、ここから不思議なことが起こってくるのである。今井は、宣教師を斬る前に、彼らが何を教えているのか、漢文聖書を読むことにした。彼はその荒唐無稽な内容に驚いた。この童話のようなことを彼らは信じているのか、半ば呆れてしまった。そこで、こんな人間を己の刃によって殺しても汚れるだけだ。殺すに値せず。今井は、考えて嫌がらせをして追い返すことにしたのだ。
それから、何日か経って、お茶の運送のために清水港に渡って行った時、後で知ることになるが、今井に西郷が受洗した横浜海岸教会が目に入った。彼はさらに宣教師に嫌がらせをする材料でも見つけようと集会(礼拝)に参加したのだが、そこで彼の魂は神にとらえられてしまうのである。今井はくびすを返し静岡に帰り、宣教師に信仰の導きを求めて熱心に聖書を学び、洗礼を受けるのである。
その後、新しい人になった今井は村人からも尊敬され愛され村会議長にまで推挙されることになる。彼はその地位と立場によってキリストを証したと言われている。さらに続きがあり、坂本龍馬の死後、不思議なことが起こった。何と坂本家の人々はキリスト信仰を持ち救われていったのである。そして、龍馬の家督相続をした姉千鶴の息子直寛とその兄弟たちは、龍馬の法要(記念会)に今井信郎を招いたのである。
なぜそのようなことができたのか。キリストを信じることによって与えられる「赦し」や「和解」がなければそのようなことは決してできないことは、誰でもわかるのではないだろうか。龍馬の家族はキリストの十字架による救いにより真に生かされることができたのであろう。日本人として神道や仏教の背景をもって生きてきた人であったとしても聖書を読み、神を知り、その救いを求め、罪赦され、新しい人生を歩むことができることを証明する歴史的出来事であるといえよう。
