題「日本人の恐れ」イザヤ43:1-2

 昔から「祈りの子は滅びない」といわれてきた。信仰の母の祈りは、必ず聞かれてその子を救うのである。私が18歳の頃、長兄が交通事故で突然亡くなった。弔問のために以前隣に住んでいたおばさんが来た。その人が息子の死で大きなシヨックを受け動転している母に向かって、先祖崇拝をしていないからこうなったと言い放った。
 母親がその一言葉により心傷ついてしまったことはいうまでもない。しかし、あの時、母はその人の因縁話の脅しに屈することなく毅然として信仰に立っていた。
 そんな信仰者であった母親の祈りを受けて私も信仰を堅くすることができた。

 さて、今や21世紀を生きるお互いであるが、なお日本人の中に得体の知れない宗教的な恐れがあることに気づかされる。科学万能を口にする同じ日本人なのかと訝る。先週、私たちは祖先祭りとキリスト信仰について学んだ。恩師、橋本巽牧師の著書から見てきた。
 クリスチャンは祖先祭りをしない。それなら先祖は祟るのか。日本人は先祖の祟りを恐れていると聞く。これは明言したいが迷信、邪信である。日本において妖怪や先祖の祟りを恐れる歴史がある。

 古代人は、大自然の超人間的な力に恐怖を覚え、そこにも神霊や精霊、悪神などの存在を想像して恐れた。山獄、大岩石、奇岩、古木などにも霊が宿っていると信じた。妖怪は、奈良時代の古事記や日本書記に出てくる。ヤマタノオロチの神話である。キツネが化ける話は、古墳時代の欽明天皇の在位の間の記録が一番古い。平安時代には文学に死霊、悪霊、怨霊、亡霊が出てくる。ヨーロッパのように人間より動物の妖怪が多い。鎌倉時代では、仏教の無常を説く仏教信仰が庶民階層に広がり因果応報の信仰が強まり、地獄の責め苦にある亡者の妖凄な形相や、鬼や餓鬼などの地獄図が多く描かれた。この頃から化け物が次第に恐ろしくなっていく。これは仏教思想の発展によるものである。室町時代から戦国時代にかけて多くの悲劇のゆえに、仏教の因果話から死人の祟りが想像的に考え出されて怪談が多く出るようになった。江戸時代には、足のない幽霊などが絵画に描かれるようになって祖霊、死霊が幽霊となって出て来ると信じられていった。この時代は幽霊の形相が最も恐ろしくなった時代、その出現は、秋の夜長の丑三つ時、夜中頃に多く出てくることになっていて、四谷怪談のお岩、播町皿屋敷のお菊の井戸などが有名である。また化け猫と女の結びつきの怪談が流行した。

 幽霊全盛の江戸時代は、徳川幕府の暗い封建社会において苦しむ女たちが多くいて、その恨みを因果応報の信仰に反映させたものであった。そしてこれらの怪談が講談、浪曲、芝居などを通じて広く全国に紹介されて、庶民階層には宗教的暗示もともない、いつの間にか祖霊、死霊が祟るという恐れの念の影響を受けることになったのである。このように歴史を知ることによって、なぜ日本人が死者の祟りを恐れるようになったのかがわかる。また、自分たちの愛する祖先や故人の霊がうろうろと化け物のようにうろついたり、迷ったり、供え物をしないからといって、自分と親族や子供に不幸に陥れ祟ってくるのを恐れるというこが如何に子供じみたことであり、先祖や故人を侮辱することになることを決して忘れてはならない。

 聖書の神は、私たちが創造主の愛の懐に帰るならばこう言われる。「わたしはあなたがたに対していだいている計画は私が知っている。それは災いを与えようとするものではなく、平安と与えようとするものであり、あなたがたに将来を与え、希望を与えようとするものである」(エレミヤ29:11)。この御言葉を聞く母親は幸いである。その人は、この世のあらゆる因縁話や迷信、妄信、邪信に迷わされることがないばかりか、神の与えられる良きものをもって人生を力強く歩んでいくことができるからである。

 イザヤ43章1,2節から①創造者によって造られた自分。そこに神の意図があり目的がある。偶然に自分は存在しているのではない。②神に背を向けた罪は十字架によって贖われて赦される。心の温もり日々あり。③自分は創造者の存在証明を得て安心することができる。どこから来てどこに行こうとしているのかわかっている。④神に帰属している。宇宙的孤独から解放されて一個の人格者として充足することができる。それは地上の人生で続くのだ。
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