題「円熟を目ざして」ヘブル6:1,2

 「ですから私たちは、キリストについての初歩の教えを後にして、成熟を目指して進もうではありませんか。死んだ行いからの回心、神に対する信仰、きよめの洗いについての教えと手を置く儀式、死者の復活のさばきなど、基礎的なことをもう一度やりなおしたりしないようにしましょう」ヘブル6:1,2(新改訳)  

  今朝は、定期総会にあたり、教会の年度標語・聖句について少しく学びたい。

 私たちの教会は、1934年6月17日が創立記念日であるが、今年は創立90周年を迎える。私たちの教会は、開拓伝道期でも早創期にあるのではない。もうすでに90年の年月を経て今日を迎えているのである。

 教会は成長しなければならないと言われるが、それは神の御心である。   イエス・キリストの教会は、①質的成長(知識と恵みにおいて上に向かって成長する。交わりにより一体となり共に成長する)。②奉仕的成長(新芽を出すように奉仕と働きによって外に向かって成長する)。③有機的な成長(教会構造として内部的に成長する)。④量的成長(幸せな信徒の数が増加する)。   この四つがある。

 主なる神は、両親が子どもの健全な成長を願うように、キリストのからだである教会が、あらゆる面でバランスのとれた成長を遂げてほしいと願っておられる。 私たちは、教会の共同体として円熟を目ざして祈り労していきたい。 さて、ヘブル6章1節には、「初歩の教えをあとにして」とあり、2節には、「基礎的なことをもう一度やりなおしたりしないように」とある。これは、初歩の教えや基礎的なことを決しておろそかにしているのではない。なにをするにも基礎的なことは重要である。それがあって応用があり進歩がある。

 しかし、この新会堂の建築行程についても、いつまでも基礎工事ばかりしていたのでは、今日の完成を見ることはできなかったのではないか。どんなに堅固で立派な基礎工事でも建物あっての基礎工事である。 それゆえに、基礎的な教えをあとにして、円熟(完成)を目ざして進むことが肝要なことである。この中で最も重要な成長は、質的な成長であると思う。

 「キリストのかたち成るまで」(ガラテヤ4:19)と御言葉にあるが、その成長の経過の中で他の三つに影響を与えることができる。   さて、ここにある初歩の教えとは、「きよめの洗いの教え」とか「手を置く儀式」などがあげられているが、これはユダヤ教の古い教えのことである。つまりそのような背景があるユダヤ人がクリスチャンになっていたので、彼らを対象にこの手紙を著者は書いたのである。 文語訳と口語訳では、「完成に進む・完成をめざして」と訳されているが、新改訳では、「円熟を目ざして」とある。こちらの方がよい。端的に言うならば、「皆で信者として大人になろう」(ヘブル5:12,13、第1コリント3:1-5)ということだ。

   1.「前進する」。自転車はペダルを踏むのを止めると横転する。信仰も前進することを止めると倒れてしまう(ピリピ
   3:12-14)。
  2.「戦いゆく前進」。これまでも教会は困難と試練に対して戦ってきた。私たちはその一つひとつと取り組んで戦ってき
   たのである。神学校の大先輩、日本の福音派の指導者であられた同盟の安藤仲市師の言葉がある。

   「失望したければ自分を見よ。躓きたければ他人を見よ。しかし、勝利したければ主を仰ぎ望め」と。

 勝利するための信仰を持たせていただきたい。私たちは、万難を排して前進しようではないか(第二コリント4:8)。
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