| 私たちが神を知るためになすべきことは、キリストの御許に行くことである。 第一に、「わたしのもとにきなさい」(28節)と招いておられる。ではどのような人々が招かれているのだろうか。「すべて重荷を負うて苦労している者は」とある。「すべて」の人々が招かれてはいるが、それに応じなければその招きは成立しない。その責任は当然のこととして招かれた当人にあることになる。それゆえに主の親切な招きに応える人は、神にすでに選ばれていたことを後で知ることになる。「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだのである」(ヨハネ15:16)とある。 私たちもかつて柘植不知人師が主のご愛の御許に招きに応じて行ったように従おうではないか。「私は、釈迦も孔子も道は説いたが、『我に来たれ』とは言わなかった。さすがはキリストだ、大胆なことを言うものだな、と感じました。そして、ひとつ聞いてみようと思い、天幕の会場に入り、忘れもしません、前から六脚目のベンチに腰をかけました」と、証しの書にあるように、柘植師は、キリストの御許に来たのである。私たちもその姿勢は、いつまでも失ってはならないと思う。 第二は、「わたしに学びなさい」(29節)。主に学ぶ必要はないと考えていた人々がいた。それは、ユダヤ人を教える立場にいたパリサイ人や律法学者である。彼らはイエスを拒否する態度を示していた。 主は彼らのことを、「彼らのすることには、ならうな。彼らは言うだけで、実行しないから。また、重い荷物をくくって人々の肩にのせるが、それを動かすために、自分では指一本も貸そうとはしない」(23:3,4)と批判しておられる。わたしたちは、真理に対して謙虚であるべきだ。 主が「重荷を負うて」と言う時、当時の宗教家たちから負わされた宗教的重荷もあったのだろう。彼らは、ユダヤ教の厳しい戒律に縛られて不自由な生活を課せられていたのである。しかし、主はユダヤの宗教家のようではなく、「柔和で心のへりくだった者であるから」、ご自身に学ぶことができると言われるのである。 また逆にこちらがキリストの模範に倣って「心のへりくだった者」になるならば、イエスに学びを乞うことができるが、「自分は知恵があり賢い。神について知る必要はない。救いなども関係ない」と思っている人たちにとっては信仰の世界には永久に関わりない。 第三に、「わたしのくびきを負いなさい」(29節)。くびきは、主人が牛馬を目的地に歩ませるための道具(首の上にかける横木のこと)である。自由自在に歩きたい家畜にとってそれは邪魔物であるかもしれないが、もし主人と家畜が同じ方向に行きたいと思っているならば、くびきほど便利で役に立つ物はない。無駄な動きをする必要がないからである。 キリストの御許に行って神のことを知りたい者にとっては、くびきほどよいものは他にない。「わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである」(30節)。 「負いやすく」とは、「有益であり喜ばしい」という意味である。牛馬を束縛し不自由にさせているくびきの悪いイメージが強いが、ここでの主のくびきは良いものなのだ。人生が思い通りにならないということで悩むのではなく、視点の転換をして、主の愛の善なる束縛によって安んじて歩みたいものである。 キリストの招きと命令に従う者に与えられるものがある。それが、人生の休み場なのだ。「あなたがたを休ませてあげよう」(28節)と語られている。 私たちが、キリストの御許に来る時、どんな人も、このお方によって心捕らえられてしまう。そして、イエス・キリストが持っておられる素晴らしいご人格の魅力に触れてその命に与るならば、私たちの人生は変えられていく。重荷も悩みも、すべてはことこどく解決されていく。主イエスの聖名の中に、喜び、平安、愛、信仰、恵み、救いがある。幸せ、赦し、永遠の命。心のすべての希望がこのイエスの聖名にあるのだ。 四国の高知足摺岬に「ちょっと待て神は愛なり」という立て札が立てられている。これまでこの立て札を見て自殺を思い留まった人の数は決して少なくない。長野県の自死数は、例年約300人超と高水準で推移している。男性は若年層から70代。女性は、20代から80代まで。増加傾向にある。残念なことである。今年、長野県においてどれだけの尊い命が失われるのであろうか。 今でもネットでキリストの証人として用いられている方がおられる。2005年に67歳で天に召された田原米子さんである。1976年頃、関西の日本ミッションが映画「生きるとは~米子」を制作した。この映画が全国的にキリスト教会を中心に用いられた。 18歳の高校生であった米子さんは、母との死別により人生に悩み苦しみ小田急新宿駅から身を投げた。自殺未遂は失敗し奇蹟的に命はとりとめたが、両足切断、片腕切断。残った右腕も指が三本という身体になってしまった。「これからは一生、誰かに面倒を見てもらわなければならないのか」と、死に損ねたことを恨み、再び自殺を図ろうと睡眠薬を致死量までこっそり枕の下にため込んだ。 そのような彼女の病室を何度も訪れる人たちがいた。米国宣教師と牧師を目指して勉強していた青年(通訳を兼ねていた)であった。彼らは、讃美歌を歌い聖書の言葉を読んで励まし続けるが、その思いは絶望している米子さんには届かなかった。 ところが、ある日彼らが置いていった聖書のお話が録音されているテープを聞いたことがきっかけとなり、生まれて初めて、渾身の力をふりしぼるように神に祈った。「神さま、助けてください」と。この時、米子さんの固く閉ざされた心は溶かされ涙がとめどなく流れた。 その夜、不思議なことが起こった。入院後、初めて熟睡することができたのである。次の朝、目が覚めると、窓からの日差しがまぶしかったが、見慣れた風景が違っていた。目に見えるものすべてが輝いていたのである。彼女は、キリストを信じる信仰によって救われたのだ。ふと自分の右手を見た。それまでは指三本しかないと思って絶望していたが、その時、三本も残っていることに気づいた。そして、うれしくてならなかった。傍にあった聖書を何気に開いて読むとそこにこう記されていた。 「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました」(第二コリント5:17)。 田原米子さんは、命とは神に与えられたものであり、その命に感謝しながら生きていくことを学んだ。キリストによって新しい命を与えられ、クリスチャンとなり、人生の伴侶を得て、二人の子どもも与えられ、普通の主婦として、積極的にできる限りのことは自分でしながら生きていかれた。そして、何よりもこの稀有な体験と存在であることを恥じとしないで、感謝と感動をもって全国を夫婦で巡り歩いて、イエス・キリストの素晴らしさを証し続けていかれたのである。田原米子さんも、このマタイ11章28-30節を体験されたお方であったのだ。私たちも主のくびきを負うことによる素晴らしい安息をいただきたいものである。 最後に、米子さんの人生のパートナーとして、夫として、福音の同労者として、ご一緒に歩き続けられた方は、あの米子さんの病床を訪問した米国宣教師の通訳者の青年、田原昭肥(あきとし)牧師であった。 |
題「主のくびきを負う」マタイ11:28-30
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