題「記念の石」ヨシュア4:1-7

 1934年(昭和9年)6月17日は、飯田入舟教会の創立記念日である。自分の誕生日を忘れる人はいないが、私たちの大切な教会の設立日もしっかり覚えておきたい。教会も過去があって現在があり、そして将来に繋がっているのである。過去の教会歴史を決して忘れてはならないと思う。

 以前、歴史と伝統のある姫路福音教会(現在創立100周年)で15年と8カ月牧会伝道にお仕えしたが、若かったその当時、ご年配の信徒方から顰蹙を買うことを言ってしまったことがあった。「皆さん、教会は、いつまでも回顧主義に陥ることなく、今は新しい時代ですから、〖昔のことはよしとして〗、前に向かって進んで行こうではありませんか」と。

 今ならばそんなことを言うことはないが、愚かで何も知らない若者は恐ろしいものがある。確かに教会は前進して行かなければならないが、それまでの長い恵みの教会歴史を紡いでこられた方々を慮ることなく、一方的に切り捨てるように言ってしまったことは愛のない大変失礼なことであった。今でも思い出すと恥ずかしい。

 当教会にとっても、過去があって現在があり将来があるのだ。

 そこで、今朝は、「過去の出来事を記念すること」を学んでみたい。聖書の神は、何かを記念することを命じられておられるお方である。旧約聖書では、出エジプトを記念するため過越祭がある。新約聖書は、主の聖餐式がある。旧新ともに他にも記されている。

 それらは、神が神の民(教会)に大いなる神の御業を末永く覚えさせるためであった。

 さて、ヨシュア記は、指導者モーセの死後の後継者ヨシュアの物語が記録されている。彼は約束の地カナンにイスラエルの民を導き入れなければならなかった(ヨシュア1:1-3)。民はモーセの時代に、カナンに嗣業の地として踏み入ることを不信仰のゆえに恐れた(民数記13:25-14:38)。結局、荒野にあてどなく40年間彷徨うことになり、その後、ヨシュアを指導者として頂いてヨルダン河を渡ったのである。それは、主の御言葉を信じて従ったからである(ヨシュア3:1-13,17)。

 このヨルダン渡河は、神が民の中におられカナンの七部族に勝利させられる保証であった。イスラエルの民がみなヨルダンを渡り終わった時、主はヨシュアに向かって、ヨルダンの川底からそれぞれ十二部族ごとに一つずつ石を取ってきて、ギルガル(ヨルダン河の東側から西側に渡ったところの地名)に立てて記念とせよと命じられた(4:1-3,6-7)。この12の石には、霊的な意味がある。ヨシュアは、ヨルダン河の奇跡が自分たちだけの感激に留まるのではなく、後の時代にとっても、神が生きて働いておられる証拠として、信仰生活の励ましと希望になることを計らっているのである。

 私たちの教会にとって、1919年(大正8年)、秋山由五郎師、小原十三司師、柘植不知人師の三者による沸騰するリバイバル待望祈祷会による飯田でのリバイバル(霊的覚醒、信仰復興、教会復興運動)の流れの中で導かれてきた教会であることを思わされている。リバイバルの結果、1924年(大正13年)、飯田基督伝道館(現飯田知久町教会)が設立。その後、飯田活水教会(現飯田入舟教会)が発足した。これは、飯田基督伝道館から33名の転出者による群れであった。

 初代の牧師は、ホーリネス教会から派遣された小林兼直師。中田重治のホーリネスの熱烈な再臨待望信仰とイスラエル問題に傾倒していった。しばらくはよかったようであるが、柘植師の信仰の流れにある信徒方は、熱烈な再臨待望信仰に違和感を持ち、ホーリネスの強調する信仰と袂を分かち、小林師に東京に帰っていただくことにした。そして、教会は、柘植信仰に生きることを表明した。この時代、信徒は200名になっていたそうである。

 しかしながら、小林師の辞任に動揺した一部の信徒は、小林師の信仰を慕い転出者が続出した。やがて、その人たちが聖協団飯田教会を設立することになる。小林師の辞任後、二代目の牧師、福澤友男師は、教会の霊的状態を整えるために、バックストン師の信仰の流れにあった日本伝道隊、日本イエス・キリスト教団の各師、また柘植信仰に生きる講師を招き聖会を開催した。これは福澤師の英断であり、主は大いにこれを用いられた。

 分裂により傷ついた教会を癒し却って救われる者たちが多く起こされるに至ったのである。1938年(昭和13年)、教勢は回復し記録によると、信徒数は217名となっていた。1949年(昭和24年)には、教勢は320名となった。

 因みに教会の名称は、1955年(昭和30年)に飯田入舟町教会。1984年(昭和59年)には、飯田入舟教会となった。思い返し、確かにこの群れは、神の御栄えに与ってきた教会であることがいえるのである。

 私たちは、創立記念日が刻まれていることに合わせて、これらのしるしを記念の石としたい。さて、今の時代において、新会堂建築の際の礎石(この土台はイエス・キリストである。 第一コリント3:11)が十二の石に当たるのではないかと思う。

 実際にこの建物の土地に神の御言葉が埋められている。

 「それらの石は永久にイスラエルの人々に記念となるであろう」(7節)。

 ヨシュアは、記念の石を据える時、「これはあなたがたのうちに、しるしとなるであろう」(6節)と語っている。この「しるし」とは、「あなたがたにとってどういうものか」を示す。

 それは、信仰的実存との関わりの中での証拠なのである。つまり神の証(しるし)である。キリスト教会が堅持してきたものは、空虚な学説や教説ではない。「生ける望みであるキリスト」である。躍動する生きた証である。

 イスラエルにとっての証の石は、神の御言葉に従ってヨルダンを渡ったイスラエルの民が持ち来ることのできたものだ。今日もこの事実は変わらない。主は、私たちが神の御言葉を信じ従って生きる時、神は私たちを今日の証人としてお立ててくださることを信じる。

 そして、私たちは、これまでの教会歴史において、さらには近年においてそのことを体験してきたのではないだろうか。2020年3月以来、新会堂牧師館建築の実力に余る大きなプロジェクトを立ち上げ、まさに冒険と挑戦に取り組んできた。ある人にとっては、未曽有の体験となった世界の感染症コロナ禍、なぜこの時期なのか、会堂建築など無謀ではないか、との慎重な考えもあったかもしれない。加えて市場での建材資材の高騰が起こり外側から不安を煽られた。ある意味で暗雲覆われるような経験となった。しかし、わたしたちには、神と神の御言葉があった。教会の主は、イエス・キリストである。

 主は言われた。「恐れてはならない、わたしはあなたと共にいる。驚いてはならない、わたしはあなたの神である。わたしはあなたを強くし、あなたを助け、わが勝利の右の手をもって、あなたを支える」(イザヤ41:10)。「このように、わが口から出る言葉も、むなしくわたしに帰らない。わたしの喜ぶところをなし、わたしが命じ送った事を果す」(イザヤ55:11)。主は、この神の御言葉を信じ従ってきた教会にお応えくださって、実に新会堂牧師館が、2021年9月完成。入堂式執行。2022年6月献堂式をささげることができたのである。私たち教会は、この生きた神の証(しるし)が与えられた。これが、「記念の石」となった。理屈ではない。頭の世界のことではない。現実の神体験である。

 私たちは、この記念の石を立てて、神と御言葉を信じ従うことによって、さらに主の御栄えを顕していただこうではないか。これこそ、創立記念礼拝をささげる意義である。ハレルヤ!!!

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