箴言8章1-36節では、知恵が擬人化(人格ある者のように見立てる比喩法・表現方法)されている。1節で「知恵」と「悟り(英知 新改訳」が呼ばわり声をあげている。対象は、5節「思慮のない者(浅はかな者たち 新改訳)」「愚かな者」である。わきまえのない若者や年を経ていても自分勝手で頑なな大人を意味していると思われる。そして、それは人々によく聞こえる。「これは道のほとりの高い所の頂、また、ちまたの中に立ち、町の入口で呼ばわって言う。『人々よ、わたしはあなたがたに呼ばわり、声をあげて人の子らに呼ぶ』(2-4節)とある。知恵と悟りは、「罪と善」、「滅びと命」を対照的に示している。1-21節では、人間関係における知恵について語り、22-36節は、神との関わりにおける知恵について教えられている。全体の流れとして知恵自身が語っているところにその特徴がある。たいへん興味深いところである。
昔からこの箇所はキリスト論的に読まれてきた。新約聖書のヨハネによる福音書のロゴス論はこの章の思想と関係がある。明治初頭に最も古い日本語聖書の訳が生まれた。ギュツラフ訳聖書(江戸時代・1835年〖天保6年12月から翌年11月に完成〗である。
ヨハネによる福音書1章1節は、この箴言を思い起こさせる。「ハジメニカシコイモノゴザル コノカシコイモノゴクラクトモニゴザル コノカシコイモノワゴクラク ハジマリニコノカシコイモノゴクラクトモニゴザル」とある。「初めに言(ロゴス ギリシャ語)があった。言は神と共にあった。言は神であった」このロゴスこそ、イエス・キリストご自身であり知恵そのものである。
主イエスも「神の知恵」という言葉を使って、擬人化された知恵について語っておられる。「『神の知恵』も言っている。『わたしは預言者と使徒とを彼らにつかわすが、彼らはそのうちのある者を殺したり、迫害したりするであろう』」(ルカ11:49)と。
さらに、パウロもコロサイ人への手紙1:15-18でこう語っている。
「御子(キリスト)は、見えない神のかたちであって、すべての造られたものに先だって生まれたかたである。万物は、天にあるもの地にあるものも、見えるものも見えないものも、位も主権も、支配も権威も、みな御子にあって造られたからである。これらいっさいのものは、御子によって造られ、御子のために造られたのである。彼は万物より先にあり、万物は彼にあって成り立っている。そして自らは、そのからだなる教会のかしらである。彼は初めの者であり、死人の中から最初に生まれたかたである。それは、ご自身がすべてのことにおいて第一の者となるためである」とある。
また、第1コリント1:24にも、「ユダヤ人にもギリシャ人にも、神の力、神の知恵たるキリストなのである」とも言っている。この知恵であるキリストを受け入れたパウロは、「わたしたちは、この宝を土の器の中にもっている。その測り知れない力は神のものであって、わたしから出たものでないことが、あらわれるためである」(第2コリント4:7)と内住のキリストを宝として表している。また、「貧しいようであるが、多くの人を富ませ、何も持たないようであるが、すべての物をもっている」(第2コリント6:10)と霊的なキリストの豊かさについても語っている。
パウロは、信仰によって金銀や宝石にまさるイエス・キリストという宝を土の器の中にもっていたのである。それゆえに、彼はあの初代教会の迫害時代において、その宝から出てくる測り知れない神の力によって、「四方から患難を受けても窮しない。途方にくれても行き詰まらない」(第2コリント4:8)と言い切っている。そればかりではなく、多くの人々を救いに導き真の豊かな者として富ませることができたのである。私たちは、知恵そのものであられるキリストを褒め称えて賛美したい。
さて、今朝の箇所でのメッセージはこうである。「あなたがたは銀(金・かねではなく)を受けるよりも、わたしの教(訓戒 新改訳、諭し 共同訳)を受けよ、精金(選り抜きの黄金)よりも、むしろ知識を得よ。知恵は宝石(真珠)にまさり、あなたがたの望むすべての物(どんな喜びも 新改訳、財宝 共同訳)は、これと比べるに足りない(比べられない 新改訳、並びえない 共同訳」(8:10,11)。私たちがこのところをキリスト論的に読むならばすんなりと心に落ちてくるのではないだろうか。「わたし」、「知識」、「知恵」は、キリストのことである。実に知恵であるキリストは宝石にまるのである。そして、この御言は、私たちに人生のパラダイムシフト(視点の転換)と価値観の転換を迫ってくるのである。私たちはどのように受けとめるだろうか。
最近、「活水の群」の長老牧師がご本を出された。そこに懐かしい牧師のことが紹介されていた。信仰の恩師伊藤榮一である。伊藤榮一は、1904年(明治37年)三重県で生まれた。父親は愛知県で鉱山業を経営しており家族は裕福であった。親の会社で働く従業員から、「坊ちゃん、坊ちゃん」と言われながら育つ中で、いつしか自分は偉いんだ、と思い込み人々を見下すようになった。ところが、栄一が15歳の時、父親の事業が失敗して倒産してしまった。するとまわりの人々は手のひらを返したかのように態度を一変させた。順調よくそれまで生きてきた少年が、父親の事業の失敗により、人間の本音と本性を実感したのである。
まさに「落ちぶれて 袖に涙のかかる時 人の心の奧ぞ知らるる」であった。その後、栄一は経済的に精神的に、貧乏のどん底に落ちて行った。いかに人の人生にとって金銀が大事であるのか痛いほど身に染みて思い知らされたのだ。彼は、その頃お金のゆえに将来の夢と希望は絶たれたように思っていた。
しかし、ここからがエバンジェリスト(伝道者)伊藤榮一がキリストの救いに与る物語が始まるのである。栄一は、中学、高校、大学と進学するのが当然と思われていたのに、彼は輸出業の小さな会社に勤め、夜は私立の夜間中学に通う苦学生になった。しかし、1日中働いた後の勉強には、どうしても身が入らず、疲れて居眠りしては教師に叱られる日々が続いていた。人間は辛いことや苦しいことを乗り越えることで立派な人物になれるという意味のことわざに「患難汝を玉とす」とあるが、それに発奮して一時励んだことはあった。だがいつしか心は萎え、「学校に行く」と言っておきながら、実は映画館に入りびたる日常に落ちてしまった。その日も、どうしても学校に行く気がせず、名古屋の繁華街をうろついていた。懐のサイフはからであった。
夜の街を目的もなく歩いていると、闇の中に一軒の日本家屋があり灯りがもれていた。そこから歌声が聞こえてきた。「大人が唱歌でも歌っているのか」と思ったが、そうではなかった。そこは、名古屋の広小路のキリスト教協同伝道館で心に響く清らかな讃美歌が歌われていたのだ。栄一は、生まれてはじめてキリスト教会の集会に引き寄せられるように参加することになった。最初に驚いたのは、そこに集っていた大人の人たちの明るさであった。喜んで讃美歌を歌っていた。いつも暗く、同僚からもうとまれていた栄一とはまるで違っていた。また、その頃周辺の多くの大人たちは鬼瓦が怒ったような顔をしており、全く喜びとは無縁のように思われていたので、その違いにびっくりしてしまったのだ。
やがて、西洋のおじいさんが講師として紹介されて講壇に立った。日本の宣教師ジェームス・バラの娘婿の金城学院の創設に協力されたR・E・マカルピン博士である。このマカルピン師が、これも生まれてはじめての栄一にイエス・キリストの福音を流暢な日本語で語り伝えるのである。それは、ヨハネによる福音書8:12「わたしは世の光である。わたしに従って来る者は、やみのうちを歩くことなく、命の光をもつであろう」であった。マカルピン師は、その日、どんなに暗い生活を送っている人も、このイエスさまを救い主として心に迎え入れて生きる時、光の子として、明るい存在に生まれ変わることができる。ダメな人間をダメでない神の子にしてくださる、と熱心に語った。栄一は、世を呪い、人を呪い、両親さえも呪うような生活に陥り、勤めも勉強もいいかげんにあしらう、まさにダメ人間で、前途に絶望を予感していたので、この日の福音メッセージを真剣に聞かずにはおれなかった。
お話の最後に、マカルピン師は、こう言った。「これからお祈りしますが、その前にちょっと皆さまにおたずねします。今晩、この中に、本当の喜びのない人はいませんか。本当の平安を持っていない人はいませんか。何とかして、清い、善の生活を望みながら、反って、毎日闇の悪い方に惹かれており、それでも、本当の救いがほしいと願う、そういう人はいらっしゃいませんか。もし、そういう人がおられたら、ちょっと手をあげて示してください。私は今晩その方の中に、世の光であられるイエスさまの救いの命が、注がれますようにお祈りいたします」と。
栄一は、ぞっとした。頭の先から足の先まで水をぶっかけられたような気がした。「どうして、この先生は、僕のことをこんなにもよく知っているんだろう。誰が告げ口したんだろうか・・・」 栄一はまたもやびっくりした。でも、手をあげる勇気はなった。けれども、マカルピン師は、二度三度会衆に迫った。そして、とうとう栄一は、「もう、どうせ知られているんだから決心しよう。今晩イエスさまを心に迎えよう。僕は闇の子です。どうか、救ってください」という思いが与えられ、手をあげた。
マカルピン師は、集会後、栄一の頭に手を置いて祈られた。キリストの救いと祝福の祈りは聞かれ、栄一は、1920年(大正9年)12月27日、日本メソジスト名古屋中央教会においてバプテスマを受け、クリスチャンになった。彼は、どん底から金銀・宝石に優るものを発見したのである。それが知恵なるキリストなのである。
「あなたがたは銀を受けるよりも、わたしの教を受けよ。精金よりも、むしろ知識を得よ。知恵は宝石にまさり、あなたがたの望むすべての物は、これと比べるにたりない」
その後、伊藤栄一は、90代で天に召されるまで、世の光であるイエスさまの光の中を歩み続け、日本全国の巡回伝道と世界宣教に貢献する人生を全うされた。私たちもかけがえのないイエス・キリストを人生の宝として、しっかりと心に住まわせ神と共に歩んで行こうではないか。
