the Holy Spirit、the Holy Ghost この聖霊のお名前には何と麗しい甘美な響きが伴うことであろうか。その意味とそのお働きの意義を先に知らされている者にとっては、このお名前に大きな喜びを覚える。日本人の子どもとして「霊」というと、それは昔ながらの幽霊やお化けのことであり、得体のしれない恐ろしいものであった。幼き頃から兄たちに何度脅かされてきたことか。そのようなイメージが染みついている人にとっては、戸惑われるかもしれないが、聖書に紹介されている聖霊、御霊は、私たちと親密な関係をお持ちくださる神の霊でありご人格者(ペルソナ)なのである。ネットの時代であるWikipediaですぐに調べることもできるが、そこには、聖霊についてのいくらかの情報がネット百科事典として提供されている。
聖書において聖霊とは、三位一体の神であり第三位格の存在であることがわかる。父なる神、御子イエス・キリストと共に永遠におられるお方である。聖霊は、単なる思想や、感化力や、想像の産物ではない。聖霊はご人格者である。聖霊は、天地創造の際には、創造の御業に参与された。また旧約時代においては、特別な神の働きと使命を与えられた特定の人物が聖霊で満たされ用いられた。新約時代に至り、イエス・キリストが全人類の救いのためにお越しになられた時には、主イエスが「わたしが父のみもとからあなたがたにつかわそうとしている助け主、すなわち、父のみもとから来る真理の御霊が下る時、それは(その方《共同訳・新改訳》わたしについてあかしをするであろう」(ヨハネ15:26)。と言われた。ここで人称代名詞に注意することが大切である。
聖霊は、目に見えず無形であるが、知、情、意の人格存在としての特徴を備えておられ、非人格的な「力」ではない。その点が聖書を使うキリスト教の異端者と異なる。一般の方は特に注意すべきであろう。えせのキリスト教は、聖書解釈が間違っていて多くの人々を迷いの森に誘い込んでいる。
さて、では聖霊は私たちにとってどういうことをしてくださるのだろうか。英国の指導者ジョン・ロバート・ワルムスレィ・ストット博士が三つのことを著書、「今日における聖霊の働き」に記している。わかり易いのでポイントだけでも紹介したい。
①聖霊は私たちが救われた時に与えられる最初の賜物である。聖霊は、旧約聖書ヨエル書2:28-32に預言されていたが、主イエスの約束の御霊(使徒1:4)として、ペンテコステの日(ユダヤの暦五旬節)に注がれた(使徒2:1-13)。それ以来、かつて主に躓いて背信の徒となってしまった使徒たちは全く姿変わりをして、聖霊に満たされた(支配された)弟子として初代教会の宣教に用いられていった。そして、その働きの中で聖霊は人々に働きかけ、神・罪・救い主を指し示し悔い改めに導き救われたのである。その数やおびただしく人々は驚嘆した(使徒2:37-42)。その救いの結果として、信者は聖霊を与えられたのである。聖霊は信者に内住された。
②聖霊は、信者になった者の信仰を成長させてくださる。聖霊が与えられることと満たされることは同義ではない。聖霊は一度信者にお住まいになると、もはや出たり入ったりするようなお方ではないが、人は信者になって聖霊を与えられたとしてもそれで信仰生活が完成されるものではない。日々悔い改め、信仰と服従とによって、益々聖霊の結実を求めて導きと満たしを求めていくのである。真に成熟した信者を目指していくのだ。「整えられる信仰」が必要なのである。
③聖霊は信者個人のみならず、教会に良き賜物を与えてくださる。聖霊は個人主義的な生活ではなく、地域の教会をカリス(恵み)によって一つにし、また神のカリスマ(賜物)によって信者の多様性を生かしながら種々の領域に奉仕し用いられ教会が成長したところまで建て上げられていくのである。信者は一人ではなく「共に」主に用いられるのである。そのために、私たちは、聖霊の満たしを求め、適切な順序を経て、満たしを受け取るのである。
①約束に立ち求めること。(エペソ5;18)
②徹底して悔い改めること。聖霊のご支配を妨げるものを悔い改めて除く。
③主に明け渡すこと。主に自身を委ねる。主に従う。主に心の支配権を譲り渡す。自身の個は失うことなく意志的に主にコ ントロールセンターを明け渡すこと。
④信じること。受け取る信仰。
「わたしたちが何事でも神の御旨に従って願い求めるなら、神がそれを聞きいれて下さるということである。」
(第一ヨハネ5:14)。み言に立ち信じよう。
