| 後4年経つと、柘植不知人師召天100年を迎える。その年には、柘植師召天100年の記念史を編集して発行する予定である。今度は、「歴史記録」である。さて、1977年4月、柘植師召天50年記念大会が東京で開催された。46年前であるが、私は当時神戸の関西聖書神学校の神学生で参加させていただいた。21歳であった。この記念すべき集会において、お歴々の諸先生方が素晴らしい講演をされたことをよく覚えている。 キリスト伝道会委員長、坊向久正師(78歳)、渋谷教会、藤村勇師(74歳)、日本基督教団富士見町教会、島村亀鶴師(76歳)、日本同盟基督教団、安藤仲市師(77歳)、他にも体験談を多くの方々がお話された。当教会の初代牧師、小林兼直師もご用された。「彼は死んだが、信仰によって今もなお語っている」(ヘブル11:4)とあるが、まさにそのみ言葉が成就した集会であった。大会後、「活水」誌では「恩師の信仰に、全会衆が目覚めさせられ、ふるいたたせられた」と総括しておられた。 先週、柘植師の伝道者としての4年間の主にあるお働きの内容をご紹介したが、生ける神の栄光と勝利が顕されたことにおいて、実に凄まじいものであったことを改めて思わされている。基督伝道隊の旗揚げから4年間で、救われた人12万人。病が癒された人6万人が起こされた。その事を想起するとき、今日の群の教会はどうであろうか、と反省することしきりである。もしかしたら非連続性が目立っている状態であるのかもしれない。 そこで、今回はヘブル13章により、「神の言をあなたがたに語った指導者たちのことを、いつも思い起こしなさい。彼らの生活の最後を見て、その信仰にならいなさい」(7節)とあるように、柘植師の信仰の遺産を受け継ぐ者とさせていただきたい。 さて、青年牧師の頃、恩師伊藤榮一師の紹介で島村亀鶴師とお会いしたことがあった。師は、土佐の室戸市出身。明治学院大学神学部卒業。俳人「哉哉」としても知られていた。さらには、「牧師の牧師」のようなとても優れた牧会者(指導者)であられた。その島村師が、先の柘植師召天50年記念集会で「柘植先生と現代教会」という題で柘植先生の情熱と徹底した信仰は、今日の日本の教会にとってどうしても必要であると語っておられる。 ポイントをあげるならば、①柘植師は、「我と汝」の信仰に生きた(柘植師三大聖句、創世記17:1,エレミヤ33:2,イザヤ43:13)。「わたしは全能の神である。あなたはわたしの前に歩み、全き者であれ」(文語訳 我は・・汝は)、「地を造られた主、それを形造って堅く立たせられた主、その名を主と名のっておられる者が、こう仰せられる。わたしに呼び求めよ。そうすれば、わたしはあなたに答える」(文語訳 汝我に、我汝に)、「わたしは神である、今より後もわたしは主である。わが手から救いうる者はない。わたしが行うなえば、だれが、これをとどめることができよう」(文語訳 我し主なり、我行こなえば)。 柘植師は、「自分と神」との関係を重んじて一生を貫かれた人であられた。 ②み言葉に寄り頼む信仰。客観的に聖書が神の言葉であるだけではなく、個人的かつ直接的に与えられた約束の言葉として信じた。み言葉を読む時、アブラハム、モーセ、エリヤ、パウロ、このような人物に語った言葉は、現在も今自分に語っている言葉であると信じた。もはや時間の隔たりは問題ではなく、今神が自分に語っておられる言葉として信じた。 ③この世の諸問題の解決法は、み言葉によることを信じた。生活のこと、健康のこと、人生のこと、命のこと、死のこと。人間の生きている間の諸問題すべて、教会の問題に対しても、神のみ言葉である聖書が解決を与えることができると信じた。人は、人間にその答えを得ようとやっきになっているが・・・。 ④幼子信仰に生きたこと。常にご自分がへりくだり、悟りきった大人にならない。常に新鮮な態度で神の言葉の前に跪き、教えられようとしておられた。あれほどの霊的な神癒のことでも、なんでもできる先生であられたのに、み言葉の前には、自分は一年生であり、赤ん坊であるという態度を失わなかった。いつでも、わかったつもりでみ言葉を読むのではなく、今日、この時点において神は私に何を語られるか。そして、自分は何を聞いて従っていくかに集中された。 ⑤「活ける水」の信仰に生きた(ヨハネ7:37,38)。現在も神もみ言葉も生きてお働きになることをその働きを通して証しされた。たった一つのみ言葉でも神の力が洪水のように出てくる。聖書の言葉が説明や理屈ではなく、実際に人の諸問題に対して具体的に問題解決し人の悩みを救う。そのような神の活ける水を信じた。 ⑥祈りの人、霊的な人。御霊に感動してよく泣きながら説教しておられた。自分自身が神のみ言葉に打ち砕かれていた。神のお働きを邪魔する己が死んでいた。み言葉と御霊に感動して、泣いて説教しておられるところが説教集で読み取られる。み言葉に打ち砕かれているから、そのように自分を表わすことができたのである。それは、「己・自我」が神の働きの邪魔することがないことを意味している。 ⑦牧師も信徒もない。皆が一緒になって主に従っていくこと。信者として救いが曖昧ではない。確信がある。神と人との前で自分を飾らない。牧師であることで信者に対していばらない。支配しない。信者も救われたものの、自分は信徒だから何もできないと卑屈になるのではなく、弱き時に強し、とみ言葉に立つ。牧師も信者も一緒になって主を信じて従っていく。 「この群の人は、目を開いて、もっと再認識しなければならない。そして、日本中にこの先生の信仰と実行したことを教会を通して打ち出していくことが、今の日本に一番大事なことである」と締めくくられている。 今年、創立100周年であるがゆえに、この島村師のご講演は胸に染みわたるお言葉である。しかしながら、間違った求め方をするとまた厄介である。私たちは、柘植師のような神癒の賜物を得ることが、聖霊に満たされることではない。坊向輝國師から聞いたことであるが、「活水の群において、神癒の信仰があることと神癒の賜物があるとは同義ではない。柘植師は後者であられた」と。その点を取り違えて神癒の賜物が柘植師のように与えられないからといって、自分を卑下したり、劣等感を持ったりしてはならないと思う。 しかし、神のみ言葉を自分に与えられた拝領のみ言葉として信じる信仰。み言葉には問題解決の力があること。神のみ言葉に常に渇いて求め信じて生きることはできる。そして、祈って牧師と信徒が一緒になって主にお従いすることはできるのではないか。 それは、いつまでも不変であられるキリストに信頼することによって可能となる。 「わたしは、モーセと共にいたように、あなたと共におるであろう」(ヨシュア1:5)のみ言葉を信じよう。「指導者モーセは死んだ」、しかし、「後継者ヨシュアが立てられた」。この二人は、神の器としては雲泥の差があったかもしれないが、ヨシュアの人生も神に用いられたのではないだろうか。 70歳代の伊藤榮一師が、よく言われていたことがあった。「神は、私たちの器なりに用いてくださる。人のまねをするのではなく自分なりに主を信じ従ってこうではないか。夜空にひかる満月は、大きなたらいの水にうつるとともに、小さなちゃわんの水にもうつるではないか。主は、私たちをその器なりに恵みを一杯満たして用いてくださることを信じよう」と。私たちも今の「この小さな私の器」に聖霊と恵みに満たされようではないか。 |
題「柘植師に学ぶ②」ヘブル13:7-8
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