| 父の日おめでとう。何がおめでたいのか、と斜に構えているお父さんにとっては、あまり意味のない日かもしれないが、十戒の第五戒には、「父と母を敬え」とある。子としては、父親に心から敬意を表す一日にしたいものである。 明治・大正、昭和、平成・令和にかけて父親の役割と理想的な父親像は大きく変わってきたことがネットでも紹介されていた。現在、所謂昔の考え方のお父さんは、生きづらい時代になっているのかもしれない。一方新しい時代の価値観と常識が身に着いているお父さんにとっては、普通に父親を楽しんでいるのかもしれない。あなたはどうであろうか。 因みに私の父は、典型的な昭和の父親であった。頑固、自分勝手、理不尽、何がなんでも自分が一番偉い。気性が激しい。そういうイメージが強かった。実に声が大きくて子ども時代に怒鳴られた時はマジで恐ろしかった。中高生くらいの頃には、そのようなオヤジの人間性に疑問を感じ、性格に問題があるのではないかと思ったこともあったが、大人になってわかったことは、そうなってしまった一つの理由として、あの大東亜戦争での南方ビルマとフィリピンでの地獄のような戦争体験が影響していたことであった。 最近、戦中父が戦地から母に送った軍事郵便(検閲済)を見つけ出した。古い茶封筒に専用の便箋なのか二枚入っていた。検閲された手紙ではあるが、内容は、文学青年?ではないかと思うほどの文章表現であった。過酷な戦場であるにも拘わらず、母を心配させまいとする気遣いがここかしこに表されていた。そして、最後に「身に気をつけて、元気で待っていてくださいね。皆に宜しく、愛する妻〇〇〇」と締めくくられていた。よくテレビドラマにあるような「お国のために見事散ってみせます」とは書かれていなかった。父は母の許に帰ってくるつもりであったことがわかる。しかし、大勢の戦友たちが次から次と戦死する中、心を深くえぐられる大きな精神的ダメージを受けながら不思議に生かされて命からがら無事帰国することができたのである。 戦後、我が家のオヤジは、確かに戦争の心の傷、トラウマによるいろいろな負の要素を背負いながら生きたかもしれないが、それでも家族のために一生懸命働き一家の家長としての責任を果たしてきたのではないかと思う。一方好き勝手な人生であったかもしれないが、最後には、「わしゃぁ、変わらなあかん」(ルカ15章の放蕩息子のように)と言って、妻と息子たちが信じるイエス・キリストに降参した。葬式は、私たちの母教会であった鴨島兄弟教会の礼拝堂であった。英国のシェークスピアの戯曲の言葉ではないが「終わり良ければ、全て良し」と言えるのではないかと思っている。その意味において、オヤジにとって御国で家族との再会は喜ばしいものであるのではなかろうか。 さて、今日は、如何に御言との関わりの中で私たちが「父として生きる」のかを学んでみたい。先週は、種蒔きの譬え話を見てきた。26節以下に、なお種についての話が続いている。 「また言われた、『神の国は、ある人が地に種をまくようなものである。夜昼、寝起きしている間に、種は芽を出して育っていくが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。地はおのずから実を結ばせるもので、初めに芽、つぎに穂、つぎに穂の中に豊かな実ができる。実がいると、すぐにかまを入れる。刈り入れ時がきたからである』」と。これは蒔かれた種の成長についての教えである。農夫は種を蒔き、いくらか手を加えるが、ただ寝起きしているだけである。すると不思議に作物というものは成長していくものである。 30節以下でも、「神の国」の拡大と種蒔き(からし種)を比べて、「それは一粒のからし種のようなものである。地にまかれる時には、地上のどんな種よりも小さいが、まかれると、成長してどんな野菜よりも大きくなり、大きな枝を張り、その陰に空の鳥が宿るほどになる」(31-32節)と言われている。からし種は、仁丹の十分の一くらいの大きさであるが、素晴らしい成長をとげ鳥の巣にさえなるというのである。命ある種は成長していくということである。 ここを読んで、第1コリント3:6,7を想起する。「わたしは植え、アポロは水をそそいだ。しかし成長させて下さるのは、神である。だから、植える者も水をそそぐ者も、ともに取るに足りない。大事なのは、成長させて下さる神のみである」とある。 聖書に登場する父親たちが多くあるが、誰も完璧な人物はいなかった。しかし、欠点や弱点があったとしても、主の前に悔い改めて、失敗や過ちから立ちあがった父親たちは幸いである。彼らは、悲しみと涙の丘を越えて、信仰者として霊的に成長したいと願っていたのではないだろうか。 今日、私たち信者には、霊的成長のための道と方法が教えられている。①聖書を読み養われること。②神に祈り主との交わりの中で歩むこと。③礼拝(集会)に参加し教会の共同体での力を得ること。④主の証しをすること。 これらは、一つひとつ大切なことであるが、「成長させて下さるのは神である」ことは忘れてはならない。それは自力信仰ではなく、神に寄り頼み神に育てられることを求めることなのである。 さて、35節以下にガリラヤ湖での嵐の出来事が記されている。 「その日、夕方になると、イエスは弟子たちに、『向こう岸へ渡ろう』と言われた。そこで、彼らは群衆をあとに残し、イエスが舟に乗っておられるままに、乗り出した。ほかの舟も一緒に行った。すると、激しい突風が起り、波が舟の中に打ち込んできて、舟に満ちそうになった。ところがイエス自身は、舳の方でまくらをして、眠っておられた。そこで、弟子たちはイエスをおこして、『先生、わたしどもがおぼれ死んでも、おかまいにならないのですか』と言った。イエスは起きあがって風をしかり、海にむかって、『静まれ、黙れ』と言われると、風はやんで、大なぎになった。イエスは彼らに言われた、『なぜ、そんなにこわがるのか。どうして信仰がないのか』。彼らは恐れおののいて、互いに言った。『いったい、この方はだれだろう。風も海も従わせるとは』。」とある。 これは、主による弟子たちに対する「御言の体験学習」となった。ここで、主は弟子たちに、「向こう岸へ渡ろう」と言われた。イエスが、何度も湖を教室に用いられたことは興味深い(マタイ8:23-27,ルカ8:22-25)。弟子たちは、御言を多く聞き学んでいたとしても、もしそれが実践に役に立たなかったとしたらどうであろうか。机上の学習では身につかないことはある。弟子たちはガリラヤ湖での嵐によって彼らの内側の霊性がどうであるのか、その内面が暴露されてしまったと言えるのではないだろうか。 私たちは、この箇所で信仰生活の人生には嵐がつきものであって、そのような試練や苦難に遭遇しなければ霊的に練られて成長することはないことを教えられるのではないだろうか。 主は、嵐の中で「イエス自身は、舳の方でまくらして、眠っておられた」(38節)とある。弟子たちは混乱して「先生、わたしどもがおぼれ死んでも、おかまいにならないのですか」と叫んだ。ある意味で弟子たちのこの様は滑稽に見えるかもしれない。弟子たちは、先生のことを考えないで、自分たちの命のことだけを心配しているのである。 注目しよう。この暴風雨の中でイエスが眠っておられたのは、他でもない「向こう岸に渡ること」がてきることを確信しておられたからである。一方弟子たちは、それまでの御言は吹っ飛んでしまった。すると、主は起きあがって風と荒れくれる海をしかりつけて静め、「なぜ、そんなにこわがるのか。どうして信仰がないのか」と言われたのである。ああ、この主の御言が不信仰な心に沁みてくる。 人生での困難によってたじろぐのは、私たちも同じであるが、弟子たちは、嵐の中においても主イエスが共におられるならば、大丈夫であることを学ぶことができた。それは、単純に主イエスのことを信じることである。「からし種一粒」の信仰である。それには、大学の修士号や博士号は必要ない。 主が、状況や環境によらずどんな時にも一緒にいてくださることをただ信じるのだ。この「臨在信仰」は、後のペンテコステの聖霊降臨後、弟子たちにおいて確立したのではないか。彼らは、初代教会のあまりにも厳しい暴風雨時代を乗り越えて行くために、主が共におられる信仰によって生きて抜き全うしていったのである。さあ、私たちも体験的にこの信仰に導かれていこうではないか。 苦難の時、試練の時こそ、「お父さん。あなたの出番です」。 |
題「御言の体験学習」マルコ4:35-41
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