| 主イエスは、受肉降誕後、父なる神の深い御心に導かれて、メシヤ(救い主)として粛々とその歩みを進めておられた。主の十字架までの残りのご生涯は6カ月ほどになっていた。 今朝のピリポ・カイザリヤ(ガリラヤ湖の北、40kmヨルダン川の水源近くのヘルモン山南に位置していた異邦人の町)でのペテロの有名な信仰告白は、一つの重要な転機となった。 これは、ペテロが最初にイエスをメシヤとして受け容れてから約3年後であった。ヨハネは、ペテロと主の初対面のことをこのように記している。 「彼(アンデレ)はまず自分の兄弟シモンに出会って言った。『わたしたちは、メシヤ(訳せば、キリスト)にいま出会った』。そして、シモンをイエスのもとにつれてきた。イエスは彼に目をとめて言われた、『あなたはヨハネの子シモンである。あなたをケパ(訳せば、ペテロ)と呼ぶことにする』」(ヨハネ1:41,42)。 ここでイエスは、弟子たちに質問された。「人々は、わたしをだれと言っているか」(27節)。弟子たちは、「バプテスマスのヨハネだと、言っています。また、エリヤだと言い、また、預言者のひとりだと言っている者もあります」と言った。そこで、主は弟子たちに向き直って問われた。「それでは、あなたがたはわたしをだれと言うか」(29節)と。すると、ペテロが、「あなたこそキリストです」と正しく答えた。だが、これはペテロの悟りが良かったということではなく、父なる神の助けとイエスの祈りがあったからである。「バルヨナ・シモン、あなたはさいわい(祝福されている)である。あなたにこの事をあらわした(啓示した)のは、血肉(人間)ではなく、天にいますわたしの父である」(マタイ16:17)。「イエスがひとりで祈っておられた」(ルカ9:18)。父と子の導きであったことがわかる。 ところが、31節で主が十字架の死と復活のことをあからさまに話されると、ペテロはイエスに反対して、イエスをわきへ引き寄せて、いさめはじめた。 「人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちに捨てられ、また殺され、そして、三日の後によみがえるべきことを、彼らに教えはじめ、しかも、あからさまに、この事を話された」。その後のペテロの反応が大いに問題があったのだ。折角、父と子が素晴らしいことを示し教えてくださっているのも拘わらずペテロは間違った真逆な言葉を発した。「主よ、とんでもないことです。そんなことがあるはずはございません」(マタイ16:22)と言った。 これに対して主は、「サタンよ、引き下がれ。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている」(33節)、「わたしの邪魔をする者だ」(マタイ16:23)としかりつけられた。ペテロは、この時、最高の信仰告白から悪魔の側に立つ最低の発言者に落ちてしまったのである。 そこで、イエスは、群衆と弟子たちに対して、サタンの道を歩むのではなく、キリストの十字架の道を歩むべきことを教えられたのである(34-36節)。 「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのため、また福音のために、自分の命を失う者は、それを救うであろう。人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、なんの得になろうか」と。神が用意してくださる命を失う者はこのところを読みながら、神の思いと人の思いの違いを知ることができる。 さて、人はアクセサリーの十字架は好きであるが、本物の十字架を忌み嫌う。不吉なものとして避ける。嫌悪感を抱き避けたいと思うのではないだろうか。 ①人は、十字架のことを愚かで恥ずかしいものであるから嫌う。「邪悪で罪深いこの時代にあって、わたしとわたしの言葉とを恥じる者に対しては、人の子もまた、父の栄光のうちに聖なる御使たちと共に来るときに、その者を恥じるであろう」(8:38)、「十字架の言は、滅び行く者には愚かであるが、救にあずかるわたしたちには、神の力である」(第1コリント1:18)とあるが、にわかに信じがたい。 「木にかけられた者は神にのろわれた者だからである」(申命記21:23)とあるように、犯罪者としてさらし者になった男を救い主だと言われても納得いかない。合点がいかないのである。 ②十字架のキリストが主であるとすれば、信じる者も十字架を負わなければならないから嫌う。「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのため、また福音のために、自分の命を失う者は、それを救うであろう」(8:3,35)とある。日本古来の宗教とは全く異なっている。ご利益で釣り上げようとするカルトなどとは違う。 しかも、この十字架というのは、自分自身の苦難や試練、罪や弱さというのではなく神のため福音のために負うものなのである。「あなたがたはキリストのために、ただ信じることだけではなく、彼のために苦しむことをも賜っている」(ピリピ1:29)。と記されているとおりである。これは普通に考えてたいへんなプレッシャーになるのではないだろうか。そんなのは、ごめんこうむりたい。実に正直な反応であろう。 ③十字架が主の栄光の道であることを知らないから嫌う。ペテロは、9章2-8節の変貌山(ヘルモン山)での出来事によって、主が人性(完全なる人間であること)のみならず神性(創造主であり、唯一の救い主としての聖なる栄光の神であること)を確かに保持されるお方であることを神秘体験により見た。その様子がこう記されている。 「イエスは、ただペテロ、ヤコブ、ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。ところが、彼らの目の前でイエスの姿が変り、その衣は真白く輝き、どんな布さらしでも、それほどにはできないくらいになった。すると、エリヤ(最も偉大な預言者)がモーセ(偉大な律法の授与者)と共に彼らに現れて、イエスと語り合っていた(これからのキリストによる人類の救いについての三者会談)。ペテロはイエスにむかって言った。『先生、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。それで、わたしたちは小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのために、一つはモーセのために、一つはエリヤのために』。そう言ったのは、みんなの者が非常に恐れていたので、ペテロは何を言ってよいか、わからなかったからである。すると、雲がわき起こって彼らをおおった。そして、その雲の中から声(父なる神)があった、『これはわたしの愛する子である。これに聞け』。彼らは急いで見まわしたが、もはやだれも見えず、ただイエスだけが、自分たちと一緒におられた」とある。 ペテロにとってこの経験は強烈に心に刻みこまれた。「わたしたちが、そのご威光の目撃者なのだから」(第2ペテロ1:16)と後に述べて、彼は生涯それを忘れなかった。十字架は栄光の道なのである。確かに人はどうしてわざわざ荊の道を選ぶことがあろう。誰しも楽で安全な生き方をしたいと願っている。しかし、十字架の意味がわかりその命に与ることができるならば、その人の心は逆転するに違いない。 17世紀の英国のプロテスタントのクウェーカー派(霊的体験を重視するプレンド派の別称)、ウィリアム・ペンが語った有名な言葉がある。「No cross No crown」。「十字架なくば、冠なし」。「苦難、犠牲なくば、勝利なし」。十字架を仰ぎ、十字架を信じ、十字架による救い主の愛に打たれ変えられた者は、日々、主の十字架を負う者とされることを覚えたい。それは、やがて御国で素晴らしい信仰の報酬が与えられることを意味している。この一本の道を雄々しく進んでいこうではないか。 |
題「十字架を負う心」マルコ8:27-38
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